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<title>毎日が日曜日blog2</title>
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<description>ピアノクラフトワークの管理人のつれづれ日記</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2010</copyright>
<lastBuildDate>Sat, 27 Feb 2010 23:33:41 +0900</lastBuildDate>
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<title>沢知恵さん、韓国凱旋コンサート</title>
<description><![CDATA[<p>沢知恵さん・・。何年も前に、精神障がいの方々のＮＰＯ法人の主催で出演されていた聞いた歌声。ココロに残っていた声。</p>

<p>新聞で、韓国公演の凱旋コンサートを生野区のＫＣＣ会館で開くという記事を見た。<br />
思わず。「行かなくちゃ・・。行こう！」と思い立った。<br />
彼女は、父は日本人牧師、母は韓国人という所謂ハーフの人だ。ただ、育ちは韓国・日本・アメリカと色んなところなので、音楽的バックグラウンドも色々な素養がある。<br />
沢さんは、以前から知っていたのだけど、どんな歌をうたおうとしているのか最近までよく知らなかった。</p>

<p>特に、茨木のりこさんの長編叙事詩を70分のピアノ弾き語りで行った「りゅうれんれんの物語」の活動や、アウンサン・スーチー解放のため、ミャンマー軍事政権に抗議するポエトリー・リーディング をおさめた「QUIET」など、メッセージの響く歌を歌うのを知ってとても惹かれた。</p>

<p>今日の凱旋公演も、94年に初めて日本人として韓国で音楽公演をした沢さんが、2月にサックスの中村哲さん、パーカッションの山口ともさんと共に、また韓国でコンサートを行い、そのツアーメンバーによるコンサートだった。すごい。バンドのかもし出す音は言葉がはっきり聞こえる、沢さんの歌声とからみ、より力強いメッセージを届けてくれた。時にココロがほだされ、時に高揚し、時に涙を誘う。色んな気持ちにさせてくれる幸せな時間と居場所を与えてくれて嬉しかった。</p>

<p>私も、友人達と秋に韓国にいく。友人の黄ちゃんのボランティア場所で、お年寄り・子供たちの前で歌で遊んでこようと計画している。<br />
このなかに、今日沢さんが歌っていた、「朝露」を歌いたい。<br />
1970年代、韓国民主化運動でシンボライズされた歌らしい。みんなが肩を組んで子の歌を歌い、団結したという。</p>

<p>いい出会いがまた。<br />
よかった。</p>

<p>沢知恵さんのＨＰはこちら　<a href="http://www.comoesta.co.jp/index.html">http://www.comoesta.co.jp/index.html</a></p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000493.html</link>
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<category>音楽</category>
<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 23:33:41 +0900</pubDate>
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<title>沖縄の声　～知念ウシさん講演会～</title>
<description><![CDATA[<p>沖縄を考える時、ときどき韓国を侵略した日本人としての感覚とおなじような後ろめたさを感じていた。<br />
それは、直球のコトバで私を突いてくる知念ウシさんの文章を読んでからなおさらのことだった。<br />
２００４年に寄せられたコトバ　原文はリンクへ　<br />
<a href="http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000119999991184">http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000119999991184</a><blockquote>「沖縄が好き。癒やされる」。どこにでも入れる魔法の無料チケットみたいに言う。<br />
　いつも思うんだけれど、この人たちは沖縄から帰ったあと何をしているんだろう。<br />
　「ねえ、どうしているんですか？　沖縄から帰った五百万人が国会議事堂に直行して座り込めば、沖縄の基地は一挙になくなりますよ。沖縄が好きなんでしょう。基地をなくしてくださいよ。そしたら、もっといい沖縄になりますから」。</blockquote>そして、基地をテイクアウトしてくださいよ。と続いていく。</p>

<p>そのコトバの人に会って話を聞いてみたいと思い、昨日２月１５日関西沖縄文庫の講演会を訪ねた。ちょうど、ウシさんの記事が今日の朝日新聞に掲載されている。<br />
昨日のお話をもう一度、補填するような気分で読んだ。</p>

<p>今日の朝日の記事は、「沖縄米軍基地・本土移設論を聞く」　<a href="http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002160002">http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002160002</a></p>

<p>ずっと自分の中に引っかかっていた感覚、基地の負担を抱える沖縄の人に気持ちにどう繋がっていけるのか。沖縄の人にとっての、ヤマト・本土の人間に対する不信をどう払拭できるのか。そして、何ができるのか・・・</p>

<p>けれど、その感覚そのものが自分の立っている場所そのものが間違っていると、ウシさんの発言で気づかされた。それは、たんなる同情という名前のものであって、あきらかに基地がやってこないであろうと感じているこの大阪の人間の安穏とした、轟音の響かない、米軍と出会うこともない安全な土地にいるからこそ生まれる感情でしかないということを。</p>

<p>基地問題＝本土問題。沖縄問題とかいうけれど、当事者の多くは本土の人間であり、沖縄は被害者である。ふと、障がい者問題という時と同じやなと気づいた。<br />
障がい者問題とはいっても、問題のあるのは障がいを持ったひと以外の人間なのであり、社会である。そのあり方を考える問題であることを思えば、基地の問題は、まさに私たちの問題である。</p>

<p>県外移設＝本土へという、沖縄の声はまっとうだ。<br />
ウシさんは、先住民の暮すグアムやマリアナ諸島への移設も反対だ。といっている。私は、米軍は米領へ帰るのがいいと思っていた。もちろん安保が反対なので、沖縄からも本土からも基地をなくしてほしいと思っている。けれど、多くの日本人が安保を必要と感じているから、米軍は日本を守ってくれていると信じている。それならば、日本の本土に基地をおくべきだ。応分に沖縄から引き上げて、例えば橋下の言うように関西に持ってくる議論をすべきだろう。何故、県外移設→本土へと沖縄の人が言うのかやっと理解した。</p>

<p>いまだに、沖縄は本土・ヤマトの植民地である。基地を押し付けられ、かたやリゾート地として開発される。薩摩に侵略されて以来一度も開放されない沖縄。</p>

<p>これからの基地問題をどう、本土人としての自分が取り扱うのか。どうすればいいのかより深い悩みを抱えてしまった。ウシさんはいう「あななたちの問題でしょ」と。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000492.html</link>
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<category>平和</category>
<pubDate>Wed, 17 Feb 2010 00:05:38 +0900</pubDate>
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<title>黄ちゃんの物語</title>
<description><![CDATA[<p>韓国に住む黄ちゃんは、私たち家族の友人だ。</p>

<p>黄ちゃんと知り合ったのは、相方が神戸の長田区で震災後のボランティアとして、高齢者の給食サービスを仮設の施設で行っていたところで同じくボランティアとして動いていた黄ちゃんと意気投合したことが始まりだ。</p>

<p>神戸に来る前は東京の方で何かしていたらしい（詳しくは知らない）、けれど大きな災害があったと知って神戸に飛んできた、韓国人青年だった。長田区は、在日コリアンの多く住むところでもある。コリアボランティア協会とのかかわりで知ったボランティア先だった。</p>

<p>ここでのボランティアは結構長く続いていた。ところが、ある日彼は急に捕らえられた。私たちは知らなかったが、オーバーステイだったのだ。<br />
都島の大阪入国管理局で拘留されてしまう。まわりのボランティア団体や仲間からも、彼の献身的な神戸での生活を申し入れて、情状酌量の余地はないものかと画策したが、悪い印象こそもたれなかったが、強制送還されてしまうこととなった。</p>

<p>その後、今までずっと彼と交流があり、韓国に行けば会うことはできる。<br />
彼は、韓国でも高齢者のための給食サービスでボランティアをしたり、障がいを持った子供やお年寄りの施設でも働いた。韓国に私たちが行けば、そういうところを案内してもらって、小さな歌の会を持たせてもらったり、皿洗いのボランティアをしたり、街頭で募金活動をしようとストリートで歌う計画をしてくれたりと、旅では味わえないかかわりをコーディネイトしてくれる。とても優しい人間だ。</p>

<p>韓国は学歴社会でもある。極度な受験戦争で、よりレベルの高い大学へ入らないと、就職の口がない。最近では、大学を出ただけでは仕事がないらしい。そんな国で、大学もでていない黄ちゃんは、心優しい人間だけれど、仕事は建築労働などで不安定な暮らしをしている。また、敬虔なクリスチャンだけれど、教会のもつ閉鎖性は嫌い。<br />
そして、私たちが韓国に行ったとき感じたのは、少し裕福で高学歴なクリスチャンの人たちは、彼を良い目でみなかったということ。寂しいことです。</p>

<p>その彼が、先週急に船で福岡にやってきた・・・らしい。私たちに何も知らせてなかった。<br />
だが、留守電に入っていたくらい声。「入国拒否で帰らされました。」<br />
何故、誰にも相談しないでたった一人、やってきたの～～！と周辺の友人達は驚いた。<br />
ネットで調べたけれど、強制送還された人は、再入国不可の年数は5年とか年限は書かれていても、実際はかなり難しいらしいこと。私たちは、軽く「もう来れるん違うん！」と言っていたけど。実際はそうではないらしい。もう10年も過ぎたのにね。</p>

<p>あらためて、彼から今日連絡が来た。意外と元気そう。<br />
本当は100万ウオンで、飛行機で日本に行こうと思ったけど、船だったら50万ウオンでいけるから、50万ウオンをハイチに寄付しようと思って・・・。<br />
なんてやつだ！</p>

<p>この秋には彼に会う。それまで友人たちと色んな音楽を仕込んで、韓国のまだ見ぬ方々に披露する準備をしている。ハングルの歌、日本の歌、二胡、三線。ゴスペルもね。<br />
本当に、待っていてね。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000491.html</link>
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<category>雑感</category>
<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 21:46:24 +0900</pubDate>
</item>
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<title>沖縄の昔・今</title>
<description><![CDATA[<p><img alt="okinawasi.jpg" src="http://www.pianocraftwork.com/mt/okinawasi.jpg" width="141" height="200" /><br />
高等学校の教科書　1997年版</p>

<p>ウチにあった、「高等学校　琉球・沖縄史　１９９７年版」実は、長いこと読まずに持っていただけのものであった。沖縄が急激に自分の中で大きな魅力となったのは、さんざん書いているナミイおばあのおかげなのだが、知れば知るほど魅力のある場所である。</p>

<p>この本は、沖縄・八重山・宮古の歴史を所謂歴史教科書として書かれている本なのだが、とても面白い。黒船時代にやってきたイギリス人の見た沖縄の人々の記述など、最高に面白い読み物になっている。私は日本史も世界史も高校のときはさほど興味がなかったのだけれど、大人になれば面白みが増える。</p>

<p>例えば、イギリス人バジル・ホールは、ティッシュペーパーについて沖縄のヒトとのやり取りをこう書いている。<br />
　<blockquote>アンニヤは、ときどき私に向かって、このハンカチを幾度も使って、それを一日中持ち歩くことは気持ちの悪い習慣だ。わたしたちのように、数枚の四角な懐紙をポケットに入れて、使用したら捨て去る習慣のほうがよいと思うと言うのだ。</blockquote>　<br />
日常生活のことや、英語の発音でできない音があるなど指摘しているが、それは現代日本人も一緒の「LとR」の問題だったようだ。人々に対しては好印象を持っていた。</p>

<p>この本は、歴史の本なので、神話のような創世記から現代に至るまでの流れが注釈とともに詳しく示されていて読みすすむのが楽しかった。こんな風に教科書を楽しんだことはかつてなかったけれど。</p>

<p>そして、現在。日米同盟に振り回される政府。振り回される政府のとばっちりを受けている沖縄の人々。普天間の海兵隊も辺野古の基地も要らない。<br />
アメリカにそんなにも、反対を論じることもできないなんて、ドレイのような同盟。</p>

<p>ネオキの会　<a href="http://neokinokai.ti-da.net/">http://neokinokai.ti-da.net/</a>　の「海兵隊はいらない」という例会の長～いレポートを読んでうなずきました。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000490.html</link>
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<category>雑感</category>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 21:26:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>牛の鈴音</title>
<description><![CDATA[<p><img alt="usi.jpg" src="http://www.pianocraftwork.com/mt/usi.jpg" width="264" height="213" /></p>

<p>韓国のドキュメンタリー<a href="http://www.cine.co.jp/ushinosuzuoto/introduction.html">映画「牛の鈴音</a>」をやっと観た。<br />
十三の第七藝術劇場は、結構長くこの映画の上映をやっていて助かった。</p>

<p>普通は15年くらいが寿命の牛が、おじいさんと一緒に40年生きていた。<br />
おじいさんのその牛に対する愛情は並大抵ではない。自分の体調がすぐれなくとも、牛の声や鈴音がするとそちらに目をやる。</p>

<p>この映画は、そんなおじいさんと連れ添ったために、一生こきつかわれると愚痴るおばあさんと、牛の淡々とした暮らしを追いかけている。</p>

<p>隣の田んぼは農耕機械を入れ、農薬をまいて楽に仕事をしているのに、おじいさんは、「農薬を撒いたら」と言うおばあさんの言葉に「牛に毒を食わせるのか」という。<br />
牛の草のためであって、ヒトの食う米のためではないらしい。悪い足を引きずりながらも、「休むのは死んでから」というおじいさん。そんなにして毎日働く以外に、何もない生活。</p>

<p>老牛は、車も持たないおじいさんとおばあさんの生活に欠かせない。病院にいくにも牛に引かせた荷車で街に行く。折りしも韓国の狂牛病が問題になっていた時期で、牛肉の輸入反対のデモをする人たちの前を、のんびり牛に引かれたおじいさんたちが通りかかるシーンは笑いを誘う。牛は、しばし立ち止まり、デモを一瞥するがきっと「それもヒトの都合でしょ」とでもいいそうな感じがしたな。</p>

<p>映画を観ているとゆっくりした時間をいっしょに過ごしているような感じがする。<br />
ヒトは、本当はこんな風に毎日同じように時間を積み重ねて生きているんだなとあらためて思う。<br />
街で色んな刺激をもとめて、文化という名前のありとあらゆるものをむさぼる生き方が本当に充実しているかどうか・・・。そんなことはそれぞれのことだけれど。<br />
ゆっくり、あせらないでささやかに、けれど深い愛情があるから生きているのかもしれない。おじいさん、牛が死んじゃって立ち直っているかなと心配もするが、おそらく何事もなく、また毎日が過ぎているんだろうな。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000489.html</link>
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<category>映画</category>
<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:23:40 +0900</pubDate>
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<title>震災　神戸・ハイチ</title>
<description><![CDATA[<p>今日は、忘れもしない震災のあった日だ。この記憶が15年っても失われないのは、身近で生々しい感覚を持っているからだ。被災地を見たり、ぼこぼこの道路を足で歩き、避難所を訪れたからだ。そして、実家が被災したからでもある。<br />
何かしなければならないと駆り立てられる気持ちを忘れない。</p>

<p>何かをしたことが、結局何の役に立ったのかはわからない。焦る気持ちを自分でなだめただけかもしれないと、そのときのことを私たちは夫婦で話し合った。その後の日本の災害に何か手を差し伸べたかというと、せいぜい募金でわずかなお金を送っただけだ。</p>

<p>けれど、遠くであろうと、ハイチの惨状を知るにつれて、焦る気持ちがまた持ち上がる。いっそ、飛んでいけないから、せめて募金でもと思っている。</p>

<p>ツイッターを私はしていないが、より速く緊急な叫びが飛び交っているという。<br />
世界は、狭くなっている。グローバルという意味が良い意味で使えるように、私たちは知る努力を惜しんではいけないと思う。</p>

<p>ハイチというところで私が知る限りはとっても狭かった。<br />
昔少し聴いてた、「ヘイシャンミュージック」、ハイチの音楽のレコードをもっている、サルサのような明るい、ダンサブルな音楽。政治が破綻したり、安定していなくとも人々は生きなければならない中で音楽でしてきたのだろうか。<br />
ひどくほこりっぽい、崩れた瓦礫をみると、胸が痛くなる。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000488.html</link>
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<category></category>
<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 22:48:18 +0900</pubDate>
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<title>八重山手帳</title>
<description><![CDATA[<p><img alt="techo.jpg" src="http://www.pianocraftwork.com/mt/techo.jpg" width="255" height="280" /><br />
八重山手帳２０１０</p>

<p>今年は、八重山手帳を使うことにした。一年のスケジュールを、小さなメモを書き込むために。</p>

<p>この手帳は、八重山の情報が満載で、手帳にはこんなうたい文句が並んでた。</p>

<blockquote>八重山の実用的データを豊富に網羅したすぐれモノ！
特に八重山の暦（伝統行事・イベント他）、潮位表、八重山電話帳（行政機関・観光関係他）などは調べ物や旅行計画などに役立ちます。また毎年変わる表紙カバーには、つねに八重山を身近に感じていただけるようにミンサー織りや八重山上布の柄などを使っています。</blockquote>

<p>そもそも、旧暦をしりたい、行事を知りたい。で購入した。<br />
そして、いつも身近にふと八重山を思い出すことができるだけで、楽しいだろうなと。実際手にとってみると確かに面白い。ごみだしの曜日や分別まで書いてあるし、かと思えば歴史もかいてある。統計もあって、島外からの移住者の動向が、人口の増減でわかったりして「へ～」と思ったり。<br />
毎日、何か行事やゆかりが書いてある。<br />
ちなみに、本日は、「カンヒザクラ開花（石垣島）」とある。</p>

<p>次に島に渡る日を、思い描きながら。仕事の空き時間に、読んでみて楽しむ。</p>

<p>今年は、売り切れました。11月ころ発売だそうです。<br />
島を夢見るかたは是非、次回は手にとっていただきたい！！</p>

<p>発売は、「島のもの屋」<br />
<a href="http://www.jaima-mark.net/SHOP/book-tetyou01-2010.html">http://www.jaima-mark.net/SHOP/book-tetyou01-2010.html</a></p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000487.html</link>
<guid>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000487.html</guid>
<category>日常</category>
<pubDate>Fri, 15 Jan 2010 23:16:38 +0900</pubDate>
</item>
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<title>故郷とは・・・</title>
<description><![CDATA[<p>招待状を手に入れたので、大阪女学院の講演と映画のイベントに行ってきた。<br />
講演のスピーカーは、今をときめく姜尚中氏と、大貫隆氏。そして、映画は「ガイサンシーと姉妹たち」を撮った班忠義監督の「チョンおばさんのクニ」。</p>

<p>午後1時に始まり、6時半まであった長丁場のイベントは、『和解への対話―東アジアに聴く・視る・識る』と題されたテーマで4年にわたり行われてきた連続講座の最終回だった。私は今回が始めての参加だったが、さすがに姜サマ人気で、大女のへールチャペルは満員だった。</p>

<p>今回は、「故郷」について姜さんは語る。<br />
在日としての自分にとってのふるさとはどこにあるのか？という姜さんの自問。<br />
今年出版される初のフィクション作品は自分の母を描いている。その母の生まれ故郷を30年ぶりに訪ねたときの驚きを語っていた。近代的に様変わりした母の故郷。その風景をみていて、本当の故郷と言うのは種をまいて、根をおろしたところにあるのではないか。という。不幸なことも幸せなこともあった日本での郷里がそうだという。<br />
国家と言う宗教のような概念を超えて、ふるさとはあり、厳しい状況で強制連行された場所であっても、そこに根付いた時、そこが人のふるさとになるのではという話は納得がいった。そこに自分との和解があると。</p>

<p>私には、家族離散の経験がない、身近では在日の人以外にはそういう人を知らない。けれど、世界には色々な流浪の民がおり、古くはユダヤ人もそうだ。<br />
私などのノーテンキな平和主義者が、国境なんて意味がないと言っていても、いつも少し気が引けていた。けれど、離散の経験を持つ家族がやはりそのように思うということを姜さんの思いを聴いて初めて知った。人は結局自分の居た場所を故郷・ふるさとと思うということ。</p>

<p>そして、もう一人のスピーカーは、「神の国」についての講義。久し振りに聖書勉強をした気分。でも、ある意味面白かった。ユダヤ人の当時のありようも。<br />
ひとつだけ、あげるとユダヤ人はイエスキリストを死に追いやったけれど、その時に処刑する自らの法も権利もあたえられていなかったので、ローマ人のピラトに処刑を依頼するという形で十字架にかけたという。神に選ばれたユダヤ人は貧しく、何ももっていない、そんなものたちだから選ばれたというわけだ。</p>

<p>最後に観た映画。「チョンおばさんのクニ」は、まさに姜さんの言ったふるさとはどこか？といったテーマにばっちりあったドキュメンタリー作品だった。<br />
日本の従軍慰安婦にされた韓国人のチョンおばさんは、中国に強制連行されていた。<br />
そこで、ずっと後の人生を送り、子供も3人、孫も沢山に恵まれ中国で貧しく、苦しい生活だったけれどかけがえのない家族を得た。そのおばさんが、故郷の韓国を訪れたいと行って、肺がんで余命が5ヶ月とわかっていたが韓国の支援者のおかげで帰国する。<br />
結局、そこで亡くなるのだが、遺言を中国の家族に残した。<br />
私の遺骨はお父さんと一緒にしてほしい。と。<br />
けれど、韓国の支援者は、遺骨を返さなかった。家族の切実な訴えにも韓国人として帰ったから、「遺骨に何の意味がある」と言い返されたりして・・・。<br />
おばさんは、きっと中国に帰りたかったろうな。種をまいたところに。</p>

<p>いろいろ考えさせられた。<br />
自分の立ち位置。クニという宗教あるいは、形のない概念。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000486.html</link>
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<category>雑感</category>
<pubDate>Mon, 11 Jan 2010 23:26:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>BS世界のドキュメンタリー～シリーズ　ソウル・ディープ　～</title>
<description><![CDATA[<p>BS世界のドキュメンタリー（NHK　BS1)で、イギリスBBC制作のソウルの歴史ドキュメンタリーを放送している。これは、再放送のようだが第１回、２回と観たが黒人の歴史もちゃんと説明しており見ごたえのある、音楽ドキュメンタリーとなっている。</p>

<p>第１回は、レイチャールズ、第２回は、サム・クックにじっくり焦点をあててそのときの社会背景。黒人差別の状況やゴスペルと対立するポップミュージックとしてR&Bが黒人社会では捉えられていたことが描かれていてとても興味深かかった。<br />
今や、ゴスペルクアイア出のソウルシンガーは、当たり前で、修行時代的な捉えられ方をしているのに・・・だ。</p>

<p>レイ・チャールズが、ゴスペルをダンスミュージックのようにして不謹慎だと大反発を食らうのは、映画「RAY」でも描かれていたことだったが、それに次ぐ、スターであったサムクックももとはゴスペル・ハイウエイといわれ、地方教会巡業を行っていたコーラスグループのスターであったが、後にポップスを唄うようになって裏切り者のように言われている。<br />
しかし、公民権運動が盛んになってきて社会的な歌詞を唄い始めたところで、謎の死を遂げる。映像で、ボブ・デュランの「風に吹かれて」を唄うサム・クックを初めて見たが、その歌のことを俺のことを歌っていると語っていたそうだ。プロテストソング。<br />
歌は生きている。<br />
明日もあさっっても楽しみだ。（もちろんビデオをまわしてる）</p>

<p>放送は、NHK　BS１<br />
第1回　ソウル・ミュージックの誕生（終了）<br />
　　　　1月4日（月）午後9：10～10：00<br />
第2回　ゴスペルからソウルへ　（終了）<br />
　　　　1月5日（火）午後9：10～10：00<br />
第3回　モータウン・サウンド<br />
　　　　1月6日（水）午後9：10～10：00<br />
第4回　サザン・ソウル<br />
　　　　1月7日（木）午後9：10～10：00<br />
第5回　ファンク革命 <br />
　　　　1月8日（金 午後9：10～10：00<br />
第6回　ヒップホップ時代のソウル<br />
　　　　1月9日（土）午後11：10～翌0：00</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000485.html</link>
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<category>音楽</category>
<pubDate>Tue, 05 Jan 2010 22:38:20 +0900</pubDate>
</item>
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<title>癒しの人</title>
<description><![CDATA[<p>いつも行き当たりばったりに、人と出会い、高揚し前に進む。<br />
なまけてだらしなく、時間をやり過ごしたりもしながら、時間を重ねてきた。</p>

<p>年始は、うんと薄い時間を過ごしているという感じがしている。<br />
やらねばならないことを持たない時間。</p>

<p>そんな薄い自分と、薄い気分の中にいるとき、年の暮れの深夜に佐藤初女さんのドキュメンタリーの再放送を見つけた。<br />
ガイアシンフォニー第2番でも有名な87歳の癒しの人。</p>

<p>食を通じて、大切に素材と向き合い、丁寧に食に変貌する命をいただくことで人を癒してくれる人。その存在そのものが、大きく不思議な魅力。</p>

<p>初女さんのおにぎりは、特別なものだった。けれど、誰にでもそのおにぎりを握ることはできる。初女さんの癒しは拡がる。その人を慕う人は、救世主のように思い、伝道していくようにも思う。</p>

<p>一度ご本人の講演会に参加したいと思った。<br />
友人から、聞いていたけど。そんな人ほど、ごく普通のおばあちゃんのたたずまいなのだった。</p>

<p>私は、追い詰められて息もできないくらいの体験もしたことはないし、癒しの救世主を求めてはいないけれど、どんな人も、会いたいと思わせる。<br />
それは、無条件に愛をもって受け入れられるという体験を求めているからかもしれない。</p>

<p>話を変える。<br />
私の元に今年は年賀状はほとんどやってこない。昨年暮れに、お知らせのつもりだけで喪中ハガキをだしたせいでだ。けれど、気持ちは「喪」中にない。<br />
喪というのは、死者を出した家が「ケガレ」ているから世間と遮断して生活するという発想の伝統的な考えだとネットで調べて知った。以前から清めの塩も「ケガレ」てないから使わない主義だったから、喪中ハガキも悩んだ。<br />
けれど、知らせたほうが手間が省けることもあり、現実的な判断で行った。</p>

<p>初女さんの元には、身近な死の悲しみから立ち直れない方たちも多く訪ねるという。<br />
私としては、亡くなったものは側にいつもいて、私の姿を見ていると思っているけどね。なので喪はナンセンス。生きた先にある死を、断絶することは誰にもできない。</p>

<p>命をいただき、命につなぐ。<br />
続きはまかせて。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000484.html</link>
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<category>平和</category>
<pubDate>Fri, 01 Jan 2010 18:24:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ただいま</title>
<description><![CDATA[<p>10月1日で終っているブログから、時間がたってしまった。</p>

<p>その翌日に、急な父の入院。痛み止めを調整するために2週間の予定だったが、先月に最後はホスピスで最後を看取った。</p>

<p>「何故？」という思いや「こうしてあげれば良かった」という思いなど、さんざん巡る思いは誰もが毎日、誰かを失う過程において起こっている小さな思いなのだとは感じる。わかってはいるけれど失うということはこういうことなんだなと、また思う。</p>

<p>世の中に大往生などということばがあったとしても、それを他人に使うのはやめようとこのたびに思った。仕事でお客さんに「いくつになっても（親が）いなくなるのは寂しいね」と語り涙ぐんでくれた。もう、10数年前に亡くした親のことを思い出させてしまったのだろう。</p>

<p>つくづく、コトバの空虚と、現実が連綿とやってくる時間に胸が詰まる時がたびたびあったので。</p>

<p>結局、がんに負けた。<br />
でも、がんと闘かわないでもいいんだな。とも思う。<br />
同じ年に、結局私は、肉親を2人肺がんで奪われた。<br />
最後まで、生ききるためにはいろんな自分の選択が重要であるということ。特にがんという病気の多様さ、つらい症状、年齢の違いによっても色んな選択肢がある。情報戦であるということ。</p>

<p>最後の4日間。<br />
ホスピスでは幸せな時が流れていた。<br />
「無伴奏チェロ組曲」やハイドン、父の好きな曲をたっぷり、和室のベッドサイドで流した。静かな時。8月まで楽器を教えていた父は、生徒さんとも楽しげに話していた。<br />
そうして、たくさんの身内に囲まて・・・<br />
ホスピスの医師や看護師は素晴らしかったので、私ががんになったら最後はホスピスに行きたいと思う。さあ、来年はエンディングノートを準備して、自分の最後について<br />
書き残していこう。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000483.html</link>
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<category>日常</category>
<pubDate>Wed, 23 Dec 2009 20:41:18 +0900</pubDate>
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<item>
<title>夫婦別姓　現実になるか</title>
<description><![CDATA[<p>自民政権が続く限り、あきらめムードだった「夫婦別姓」が現実化するかもしれない。民法第750条【夫婦の氏】<br />
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。<br />
 <br />
これが、１つしか選べないという理由だった。新聞の一面をこの話題が飾っていて、感無量。<br />
我が家で一番の若者が、「何であかんのん？」と平然と聞いた。いままで何であかんと言われていたのかを説明すると、不思議な顔をした。そう、それやねん。おかしな話やったのです。家では、色んな名前を人前で名乗る大人が何人かいるので、不自由を感じたことはないというわけで。実際に問題がないからね。</p>

<p>そもそも、夫婦はそれぞれ違う育った環境から得てきた文化をもって、一緒に生活を始める。違ってあたりまえ、違いを尊重しながら、自分達流にアレンジしていいものを作り上げていこうとする努力が生活を豊かにすると私は考えている。<br />
だから、あえて違う氏を私は名乗ってきた。人に取り込まれたくない。相方でも。<br />
共存共栄はできるけれど、自分を消し去ることはできない。</p>

<p>伝統文化や習慣よりも大切にされないこともある女性と言う人権。<br />
そろそろ、違うよさを感じていただけませんかね。<br />
何かが壊れる恐怖におびえる方々。何も怖くありませんからね。</p>

<p>夫婦別姓に関して、とても参考になるサイトがあります。<br />
夫婦別姓資料館　<a href="http://fb-hint.hp.infoseek.co.jp/index.html">http://fb-hint.hp.infoseek.co.jp/index.html</a>とても勉強になります。<br />
ここのブログ　夫婦別姓を待つ身の溜息　<a href="http://fb-hint.tea-nifty.com/">http://fb-hint.tea-nifty.com/</a>では、本当に今回の新聞報道に多くの方が歓喜の声をあげていると分かります。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000482.html</link>
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<category>日常</category>
<pubDate>Thu, 01 Oct 2009 22:57:50 +0900</pubDate>
</item>
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<title>街の中にも現れる？</title>
<description><![CDATA[<p><img alt="hiru.jpg" src="http://www.pianocraftwork.com/mt/hiru.jpg" width="153" height="200" /><br />
近所の川原に降りる道にあった</p>

<p>驚いた。わりとよく通る近所の川沿いの道を、いつもどおり自転車で通り過ぎようとして、新しい看板が立っているのをみつけた。</p>

<p>「えっ」あまりに驚いたので、携帯で撮りました。<br />
ここは、大阪市内。</p>

<p>なのに・・・。山ビルが出るなんて。川原では、親子が虫網とかごをもって昆虫採集してる。大丈夫かな～～。</p>

<p>家の前も川なんだな。雨上がりなんかに訪問しないでね。ヒルさん。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000481.html</link>
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<category>日常</category>
<pubDate>Tue, 29 Sep 2009 22:50:06 +0900</pubDate>
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<title>映画キャデラックレコード　～音楽でアメリカを変えた人々の物語</title>
<description><![CDATA[<p><img alt="cadillacrecords.jpg" src="http://www.pianocraftwork.com/mt/cadillacrecords.jpg" width="198" height="262" /></p>

<p>いやあ～。中々面白かった。この映画「<a href="http://www.sonypictures.jp/movies/cadillacrecords/">キャデラックレコード</a>」<br />
ブルースが好きで、何年かまえにマーティン・スコセッシ監督が撮ったブルースのシリーズも全て公開されたものは映画館で観たが、今回はドキュメンタリーではないので、それほど期待をしていたわけではなかった。</p>

<p>マディ・ウオータースは、実物は（レコードジャッケット写真でしか残念ながら拝見してないけど）もっと迫力のある顔で、声もパワフルだけれどなあ～と思いつつ、登場シーンが畑で小作人として働くところだったので、「へ～ここから始めるのか」とすこし感心した。</p>

<p>リトル・ウオーターが、あんなに短気であぶない人間とは知らなかったし、スタジオでのマディとハウリン・ウルフとのいきさつや、レコーディングスタジオでどのようにブルースが生み出されていったのか・・。そこに立ち会ってみているような気分で、楽しかった。ハウリン・ウルフは、確かに大男で、声もしゃがれていて、大迫力だったが、相方は、実際はもっとごっつい声やで～と、帰りに話していた。<br />
家には、マディもウルフもレコードはある。ずいぶん昔に買ってから、長らくターンテーブルに乗せていなかったので、今度ブルースデイでもして掛けてみよっと。</p>

<p>この物語の中には、当時の黒人の置かれていた社会がしっかり描かれている。<br />
BlackとWhiteに分かれた街。黒人音楽は、当時race music と言われていた。決して白人のチャートにあがらない音楽、その中でChessレコードから出たチャックベリーのヒットでクロスオーバーが起こっていく。チェスレコード創設者、レナードはポーランド出身の白人だが、黒人に偏見はもっていなかったという。ほとんどのアメリカ白人が見向きもしなかった奴隷の音楽ブルースは、イギリスの若者に熱狂的に支持されて、ストーンズ、エリック・クラプトンなどに取り上げられて、逆輸入的にアメリカでも注目されることとなる。</p>

<p>私達が熱狂したブルース。いまだに惹かれるブルース。<br />
若い人たちは、曲をカバーしたりしている。<br />
映画「ドリームガールズ」が、チェス・レコードをモデルにしているといわれているが<br />
あの映画が好きな人は、きっと納得がいくと思う。</p>

<p>エンドロールでキャストを見ていたら、役名で、ミニー・リパートンやジェイムス・コットンなどが出ている。そうか～あの絡みは、コットンバンドやったんや～。など、後で知って面白がっている。<br />
全てのキャストは、こちらのサイトで確認できます。<br />
<a href="http://www.imdb.com/title/tt1042877/fullcredits#cast">http://www.imdb.com/title/tt1042877/fullcredits#cast</a></p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000480.html</link>
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<category>映画</category>
<pubDate>Mon, 28 Sep 2009 23:44:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>私の人生　何色だっけ？</title>
<description><![CDATA[<p>またまた、知り合いのカラーセラピスト　ただみよこさんのお宅にお邪魔した。</p>

<p>ホスピタリティ最高に豊かな、癒し空間のお宅でゆったり、まったりさせてもらってる上に、カラーのクリスタルキューブを使って「色んな時の自分」を探るたびに連れていってもらった。</p>

<p>幼稚園時代の自分、小学校低学年、高学年、中学生、高校生、大学生以降は、年齢によって１０年ずつ区切ってキューブを積み上げた。<br />
今まで、長く振り返ったことのない時代をもう一度思い起こすと、一番その時代に印象的だったことが何かを思い出してくる。結構、色んな気持ちで周りの社会と関わってきたな～と、割と変化している自分を発見する。</p>

<p>なるほど、このキューブ、私の人生なんだ。自分が感じる、自分の人生。</p>

<p>次に、多田さんはこう言った、これからの人生も選んでみて・・と。<br />
今から先のほうが、低くなるキューブの積み上げも、選んだ色は、いままでにない傾向の色だった。それって、さらに楽しく生きたいという思いが丸出しだったのだ。</p>

<p>明日、どうなるかわからん。からね。<br />
いい色選びましょ。</p>]]></description>
<link>http://www.pianocraftwork.com/mt/archives/000479.html</link>
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<category>雑感</category>
<pubDate>Sat, 26 Sep 2009 14:59:57 +0900</pubDate>
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