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2010年01月 アーカイブ

2010年01月01日

癒しの人

いつも行き当たりばったりに、人と出会い、高揚し前に進む。
なまけてだらしなく、時間をやり過ごしたりもしながら、時間を重ねてきた。

年始は、うんと薄い時間を過ごしているという感じがしている。
やらねばならないことを持たない時間。

そんな薄い自分と、薄い気分の中にいるとき、年の暮れの深夜に佐藤初女さんのドキュメンタリーの再放送を見つけた。
ガイアシンフォニー第2番でも有名な87歳の癒しの人。

食を通じて、大切に素材と向き合い、丁寧に食に変貌する命をいただくことで人を癒してくれる人。その存在そのものが、大きく不思議な魅力。

初女さんのおにぎりは、特別なものだった。けれど、誰にでもそのおにぎりを握ることはできる。初女さんの癒しは拡がる。その人を慕う人は、救世主のように思い、伝道していくようにも思う。

一度ご本人の講演会に参加したいと思った。
友人から、聞いていたけど。そんな人ほど、ごく普通のおばあちゃんのたたずまいなのだった。

私は、追い詰められて息もできないくらいの体験もしたことはないし、癒しの救世主を求めてはいないけれど、どんな人も、会いたいと思わせる。
それは、無条件に愛をもって受け入れられるという体験を求めているからかもしれない。

話を変える。
私の元に今年は年賀状はほとんどやってこない。昨年暮れに、お知らせのつもりだけで喪中ハガキをだしたせいでだ。けれど、気持ちは「喪」中にない。
喪というのは、死者を出した家が「ケガレ」ているから世間と遮断して生活するという発想の伝統的な考えだとネットで調べて知った。以前から清めの塩も「ケガレ」てないから使わない主義だったから、喪中ハガキも悩んだ。
けれど、知らせたほうが手間が省けることもあり、現実的な判断で行った。

初女さんの元には、身近な死の悲しみから立ち直れない方たちも多く訪ねるという。
私としては、亡くなったものは側にいつもいて、私の姿を見ていると思っているけどね。なので喪はナンセンス。生きた先にある死を、断絶することは誰にもできない。

命をいただき、命につなぐ。
続きはまかせて。

2010年01月05日

BS世界のドキュメンタリー~シリーズ ソウル・ディープ ~

BS世界のドキュメンタリー(NHK BS1)で、イギリスBBC制作のソウルの歴史ドキュメンタリーを放送している。これは、再放送のようだが第1回、2回と観たが黒人の歴史もちゃんと説明しており見ごたえのある、音楽ドキュメンタリーとなっている。

第1回は、レイチャールズ、第2回は、サム・クックにじっくり焦点をあててそのときの社会背景。黒人差別の状況やゴスペルと対立するポップミュージックとしてR&Bが黒人社会では捉えられていたことが描かれていてとても興味深かかった。
今や、ゴスペルクアイア出のソウルシンガーは、当たり前で、修行時代的な捉えられ方をしているのに・・・だ。

レイ・チャールズが、ゴスペルをダンスミュージックのようにして不謹慎だと大反発を食らうのは、映画「RAY」でも描かれていたことだったが、それに次ぐ、スターであったサムクックももとはゴスペル・ハイウエイといわれ、地方教会巡業を行っていたコーラスグループのスターであったが、後にポップスを唄うようになって裏切り者のように言われている。
しかし、公民権運動が盛んになってきて社会的な歌詞を唄い始めたところで、謎の死を遂げる。映像で、ボブ・デュランの「風に吹かれて」を唄うサム・クックを初めて見たが、その歌のことを俺のことを歌っていると語っていたそうだ。プロテストソング。
歌は生きている。
明日もあさっっても楽しみだ。(もちろんビデオをまわしてる)

放送は、NHK BS1
第1回 ソウル・ミュージックの誕生(終了)
    1月4日(月)午後9:10~10:00
第2回 ゴスペルからソウルへ (終了)
    1月5日(火)午後9:10~10:00
第3回 モータウン・サウンド
    1月6日(水)午後9:10~10:00
第4回 サザン・ソウル
    1月7日(木)午後9:10~10:00
第5回 ファンク革命
    1月8日(金 午後9:10~10:00
第6回 ヒップホップ時代のソウル
    1月9日(土)午後11:10~翌0:00

2010年01月11日

故郷とは・・・

招待状を手に入れたので、大阪女学院の講演と映画のイベントに行ってきた。
講演のスピーカーは、今をときめく姜尚中氏と、大貫隆氏。そして、映画は「ガイサンシーと姉妹たち」を撮った班忠義監督の「チョンおばさんのクニ」。

午後1時に始まり、6時半まであった長丁場のイベントは、『和解への対話―東アジアに聴く・視る・識る』と題されたテーマで4年にわたり行われてきた連続講座の最終回だった。私は今回が始めての参加だったが、さすがに姜サマ人気で、大女のへールチャペルは満員だった。

今回は、「故郷」について姜さんは語る。
在日としての自分にとってのふるさとはどこにあるのか?という姜さんの自問。
今年出版される初のフィクション作品は自分の母を描いている。その母の生まれ故郷を30年ぶりに訪ねたときの驚きを語っていた。近代的に様変わりした母の故郷。その風景をみていて、本当の故郷と言うのは種をまいて、根をおろしたところにあるのではないか。という。不幸なことも幸せなこともあった日本での郷里がそうだという。
国家と言う宗教のような概念を超えて、ふるさとはあり、厳しい状況で強制連行された場所であっても、そこに根付いた時、そこが人のふるさとになるのではという話は納得がいった。そこに自分との和解があると。

私には、家族離散の経験がない、身近では在日の人以外にはそういう人を知らない。けれど、世界には色々な流浪の民がおり、古くはユダヤ人もそうだ。
私などのノーテンキな平和主義者が、国境なんて意味がないと言っていても、いつも少し気が引けていた。けれど、離散の経験を持つ家族がやはりそのように思うということを姜さんの思いを聴いて初めて知った。人は結局自分の居た場所を故郷・ふるさとと思うということ。

そして、もう一人のスピーカーは、「神の国」についての講義。久し振りに聖書勉強をした気分。でも、ある意味面白かった。ユダヤ人の当時のありようも。
ひとつだけ、あげるとユダヤ人はイエスキリストを死に追いやったけれど、その時に処刑する自らの法も権利もあたえられていなかったので、ローマ人のピラトに処刑を依頼するという形で十字架にかけたという。神に選ばれたユダヤ人は貧しく、何ももっていない、そんなものたちだから選ばれたというわけだ。

最後に観た映画。「チョンおばさんのクニ」は、まさに姜さんの言ったふるさとはどこか?といったテーマにばっちりあったドキュメンタリー作品だった。
日本の従軍慰安婦にされた韓国人のチョンおばさんは、中国に強制連行されていた。
そこで、ずっと後の人生を送り、子供も3人、孫も沢山に恵まれ中国で貧しく、苦しい生活だったけれどかけがえのない家族を得た。そのおばさんが、故郷の韓国を訪れたいと行って、肺がんで余命が5ヶ月とわかっていたが韓国の支援者のおかげで帰国する。
結局、そこで亡くなるのだが、遺言を中国の家族に残した。
私の遺骨はお父さんと一緒にしてほしい。と。
けれど、韓国の支援者は、遺骨を返さなかった。家族の切実な訴えにも韓国人として帰ったから、「遺骨に何の意味がある」と言い返されたりして・・・。
おばさんは、きっと中国に帰りたかったろうな。種をまいたところに。

いろいろ考えさせられた。
自分の立ち位置。クニという宗教あるいは、形のない概念。

2010年01月15日

八重山手帳

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八重山手帳2010

今年は、八重山手帳を使うことにした。一年のスケジュールを、小さなメモを書き込むために。

この手帳は、八重山の情報が満載で、手帳にはこんなうたい文句が並んでた。

八重山の実用的データを豊富に網羅したすぐれモノ! 特に八重山の暦(伝統行事・イベント他)、潮位表、八重山電話帳(行政機関・観光関係他)などは調べ物や旅行計画などに役立ちます。また毎年変わる表紙カバーには、つねに八重山を身近に感じていただけるようにミンサー織りや八重山上布の柄などを使っています。

そもそも、旧暦をしりたい、行事を知りたい。で購入した。
そして、いつも身近にふと八重山を思い出すことができるだけで、楽しいだろうなと。実際手にとってみると確かに面白い。ごみだしの曜日や分別まで書いてあるし、かと思えば歴史もかいてある。統計もあって、島外からの移住者の動向が、人口の増減でわかったりして「へ~」と思ったり。
毎日、何か行事やゆかりが書いてある。
ちなみに、本日は、「カンヒザクラ開花(石垣島)」とある。

次に島に渡る日を、思い描きながら。仕事の空き時間に、読んでみて楽しむ。

今年は、売り切れました。11月ころ発売だそうです。
島を夢見るかたは是非、次回は手にとっていただきたい!!

発売は、「島のもの屋」
http://www.jaima-mark.net/SHOP/book-tetyou01-2010.html

2010年01月17日

震災 神戸・ハイチ

今日は、忘れもしない震災のあった日だ。この記憶が15年っても失われないのは、身近で生々しい感覚を持っているからだ。被災地を見たり、ぼこぼこの道路を足で歩き、避難所を訪れたからだ。そして、実家が被災したからでもある。
何かしなければならないと駆り立てられる気持ちを忘れない。

何かをしたことが、結局何の役に立ったのかはわからない。焦る気持ちを自分でなだめただけかもしれないと、そのときのことを私たちは夫婦で話し合った。その後の日本の災害に何か手を差し伸べたかというと、せいぜい募金でわずかなお金を送っただけだ。

けれど、遠くであろうと、ハイチの惨状を知るにつれて、焦る気持ちがまた持ち上がる。いっそ、飛んでいけないから、せめて募金でもと思っている。

ツイッターを私はしていないが、より速く緊急な叫びが飛び交っているという。
世界は、狭くなっている。グローバルという意味が良い意味で使えるように、私たちは知る努力を惜しんではいけないと思う。

ハイチというところで私が知る限りはとっても狭かった。
昔少し聴いてた、「ヘイシャンミュージック」、ハイチの音楽のレコードをもっている、サルサのような明るい、ダンサブルな音楽。政治が破綻したり、安定していなくとも人々は生きなければならない中で音楽でしてきたのだろうか。
ひどくほこりっぽい、崩れた瓦礫をみると、胸が痛くなる。

2010年01月24日

牛の鈴音

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韓国のドキュメンタリー映画「牛の鈴音」をやっと観た。
十三の第七藝術劇場は、結構長くこの映画の上映をやっていて助かった。

普通は15年くらいが寿命の牛が、おじいさんと一緒に40年生きていた。
おじいさんのその牛に対する愛情は並大抵ではない。自分の体調がすぐれなくとも、牛の声や鈴音がするとそちらに目をやる。

この映画は、そんなおじいさんと連れ添ったために、一生こきつかわれると愚痴るおばあさんと、牛の淡々とした暮らしを追いかけている。

隣の田んぼは農耕機械を入れ、農薬をまいて楽に仕事をしているのに、おじいさんは、「農薬を撒いたら」と言うおばあさんの言葉に「牛に毒を食わせるのか」という。
牛の草のためであって、ヒトの食う米のためではないらしい。悪い足を引きずりながらも、「休むのは死んでから」というおじいさん。そんなにして毎日働く以外に、何もない生活。

老牛は、車も持たないおじいさんとおばあさんの生活に欠かせない。病院にいくにも牛に引かせた荷車で街に行く。折りしも韓国の狂牛病が問題になっていた時期で、牛肉の輸入反対のデモをする人たちの前を、のんびり牛に引かれたおじいさんたちが通りかかるシーンは笑いを誘う。牛は、しばし立ち止まり、デモを一瞥するがきっと「それもヒトの都合でしょ」とでもいいそうな感じがしたな。

映画を観ているとゆっくりした時間をいっしょに過ごしているような感じがする。
ヒトは、本当はこんな風に毎日同じように時間を積み重ねて生きているんだなとあらためて思う。
街で色んな刺激をもとめて、文化という名前のありとあらゆるものをむさぼる生き方が本当に充実しているかどうか・・・。そんなことはそれぞれのことだけれど。
ゆっくり、あせらないでささやかに、けれど深い愛情があるから生きているのかもしれない。おじいさん、牛が死んじゃって立ち直っているかなと心配もするが、おそらく何事もなく、また毎日が過ぎているんだろうな。

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