2008年07月01日

「靖国」を見る人を観て見た。

そろそろ、七芸も空いてきたかな?と思ったので、上映時間が朝のうちに行ってこようと思ってでかけた。そういえば今日は、「映画の日」で1000円でした、ラッキーだった。
朝10時からの上映で、早めに9時30分ころ到着すると、5人目くらいに並んだ、その後徐々に人は増えて30~40名ほどの人数だったかと思う。

年配の人か若者が多かったと思うので、私のような中途半端の年齢はお仕事の人も多いのか平日の午前中は見当たらない。中でも多分70代くらいの女性と娘さんか妹さんかとが、体を思いやりながら一番前の席でご覧になっていたのが印象深い。
終了後、そのおばあさんが「良かったわ」と語っているのを聞いて、しみじみ嬉しい気持ちになった。

この映画を観ると8月15日の靖国神社がいかに異様であるかを思い知る。
小泉首相の参拝の問題があった時期に撮られたものなので、参拝を支持するというプラカードをもったアメリカ人が星条旗をもって立っているのに対し、好意的な普通の人や右翼の人がいるかと思えば猛烈に反発して「ここでこんな旗をあげてはならない」と抗議をし、警察までやってきて、すごすごと荷物を抱えた帰るシーンなど笑える。反米右翼も親米右翼もあれば、一般の遺族の人もいれば、騒ぎの好きな人もいれば、軍国ショーを見に来ている人もいるのだろうかしらと思いたくなる。

遺族でも、靖国に合祀を反対する人がいる。ドキュメンタリー映画「草走之歌」でとりあげられた台湾の少数民族のチワス・アリさんたち、また、映画「あんにょんサヨナラ」の韓国のイ・ヒジャさんたちが宮司に詰め寄るシーンも撮られている。

その間に、静かに監督が語りかけるのは、「靖国刀」をつくる刈谷さんだ。多くは語らない。
職人の使命で、刀を打ち続ける。90歳の方の仕事とは思えない力強さだった。多くは語りたくないというの気持ちもある。中国人の監督に聞かれることばにも答えず、宙をみすえる。
自分の生きてきた道を否定されるような感覚を味わいたくないだろうから。

「刀」は道具だが、靖国のご神体でもある。その刀が、最後のシーンでは日本兵によって多くの残虐な仕事をしてきた写真が続けて映し出される。
靖国の魂は、人斬りの道具なのだ。と思わせるシーンだった。

戦争にいかないで、行かせたものは(特に女性たちは)、軍隊でどのように厳しく、つらく鍛えられ、戦場で望まない殺戮をしなければならなかった人々のことを本当にはしらない。しかも今もなお、戦争を礼賛する神社に魂があるというならば、そんなに辛いことはないだろうに、と私は感じる。
何故、家に帰ることが許されないのだ。
そこにあったのは奇妙な器だった。

激高する人、叫ぶ人、彼らはうれしいのだろうか。国に命をとられることが。

七芸の今後の映画のラインアップもすごいお勧めです。
七芸のシネマクラブに入ろっかなとも思います。一緒に行く連れも1000円だしね。
詳しくは第七藝術劇場 HP http://www.nanagei.com/index.html

投稿者 pianocraft : 21:41 | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年06月29日

二胡とゴスペルそして、7・6ライブ

今日は、久し振りにゴスペルを歌った。しかも変わったシチュエーションで・・だ。

天華二胡学院という二胡の教室の演奏会で、二胡とゴスペルが共演するという試みに参加してきた。
二胡が演奏する曲というのは、中国曲だけでなく、クラッシック、ジャズ何でもありだが、ゴスペルというのは、そもそもクアイア(コーラス)が歌うものなので、演奏だけがされることはまず、ない。

ちょっと一般的に想像しにくいのだけれど、このアンサンブルでは、二胡は20~30名の人で演奏され、バックにはプロのジャズトリオがサポートしてくれている。コーラスの編成のように、3声に分けられたパートを二胡が演奏している。曲目は、「OH HAPPY DAY」。これに、リードボーカルとクアイアのコーラスを付けて、コラボが成立した。

久し振りに、仲間と歌い、クアイアは。小さい編成ながら楽しいステージになった。
舞台は、2000人はいるホールだけど、歌う仲間もいちど、舞台に立った人間は、そこに帰ってきたときは嬉しい緊張や興奮を得られる。パフォーマンスする面白さを知っているからだ。

というわけで、久々に楽器を使わずに舞台に立て、来週は楽器と共に舞台に立つ。

ライブ告知です!!

American Heat Wave VOL.5
出演: These Days/Street Walker/Low-Guns/Give A Little&Friends
7月6日(日) アメリカ村BIGCAT Open 16:00 Start 17:00~
前売 2,000円 当日 2,500円 入場時、ドリンク代別途500円必要。

内容は、70年代のアメリカンロックを中心としたバンドのライブです。
Give a littleとして、19時頃に出演予定です。今回は、アコースティックサウンドで演ります。
他のバンドは、がんがんにロックしていると思いますが。ほっと一息、カントリーブルースぽく、力の抜けた感じでパフォーマンスしたいと思っています。

投稿者 pianocraft : 21:59 | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年06月26日

「族譜」を観た

原作 梶山季之 脚本・演出 ジェームス三木の「族譜」は、昭和15年の朝鮮・水原郡が舞台になっている。日本が占領していた時に、日本政府による「創氏改名」の政策が敷かれていた。

朝鮮の人々にとって、「族譜」は家計図というだけでなく、何百年もつづけて、世代から世代へその時の情勢が記されたりもしている。膨大な歴史を記録してあるという点で、歴史研究にも役立っていると聞く。そうやって守り続けてきた、朝鮮の人々の家族の名(ただ、朝鮮では男系のみが受け継がれるので
女性は、父親の姓を名乗り、「族譜」ではただ、女とかしか記されていないこともあるという。)が、日本風の名前に変えなくてはならない時に感ずる苦しみは、あまりにも重い。

日本政府は、戦況が悪化し兵隊の確保にも朝鮮の人を借り出す目的のためにも、朝鮮半島の人々を日本人並みに待遇を平等にすると嘯き、名前や言葉を奪った。

日本は、沖縄以外で植民地化したことはない。
言葉を奪われる、名前も奪われるという苦痛に対し実感が持てない。

そんな出来事を、当時の朝鮮でどのように行われていったか?どんな苦しみをあたえたか?をこの芝居は語っていく。
淡々と、しかし、強くわれわれに迫る訴えを重く感じた。
しかし、きちんと要所要所に丁寧な説明がくわえられており、理解がしやすいようになっている。

青年劇場の舞台は、「銃口」という舞台で韓国も多く公演している。そこでは、日本人がこのようなテーマを正面から取り扱って舞台を続けていることを高く評価されている。こうやって、民間ががんばって繋がりをもった人々と絆を大切にしたい。
政治ではなく、人と人としてかかわり、政治をも動かすことができればもっといいだろうけれど。

投稿者 pianocraft : 00:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年06月17日

軍隊アレルギー

橋下知事の今日の発言。
大阪府職員の研修として自衛隊の体験入隊をと部長会議で訴えたいう。

「あいさつ・団結力」を軍隊訓練でやしなうというのか・・・。見下されたものだね。幹部の職員たちも。

マイケル・ムーア監督の映画「華氏911」の中で、アメリカ海兵隊の訓練(最近でもTVでブートキャンプが放送されたようだが)を観たけれど、人間を軍隊人形に変えるプロセスのように感じた。
日本の自衛隊がどのように訓練しているか、知る由もないが多くの会社が新入社員研修に使っていると聞くと、やっぱり人形を作るのには適した訓練なのか?と思ってしまう。

殺人をすることに、少ない罪悪感で済む様に、正当化した理屈を叩き込む・・・徹底的に軍隊アレルギーといっていいくらい大嫌いな世界だ。

うにさんが、ブログで書いていたことを考えていた。
「自衛隊はスレブレニツァを避けられるのか」というタイトルは、胸をつく。
自衛隊が海外協力で動くということがどういうことか?読んでみてください。

投稿者 pianocraft : 22:37 | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年06月11日

トラウマの街

報道が、一色。血の色に一色。
これを観ると、心が痛くなる。

秋葉原の事件の影響は、おそらく多くのあそこに出かける人達、TV報道を見た人達にも深い傷を与えたように思う。
TVの報道は見ない。朝はワイドショーのチャンネルを替える。

あの事件のあと、ナイフのシーンのドラマは放送を中止したと新聞で見た。
当然だ。
私の友人もナイフで殺された。その後、ナイフの暴力シーンは見ない。観ることができない。
そのように、その場にいなくても充分に傷つく。報道は、それをもっと感染させるだろうと思う。
私も社会学を学んでいたが、センセーショナルな事件があると分析を試みる社会学者、心理学者、評論家または、無責任なTVコメンテイターがいるけれど、事が起こってからはいくらでも理由付けされるというものだ。

人は理不尽なことを理解したい。どこかで決着を付けたいという欲望をもっているのかもしれないが、どんな言葉も、聴きたくない。どこかの政治家がそれを野党のせいだとか言っているようだけれど、たまたま猟奇的な殺人事件と通り魔事件の容疑者が派遣社員だったことで、すべてを物語っているわけでもない。

教育大付属池田小学校の事件が起きた時、友人がため息をついていた。
精神障がい者のサポートをしている友人は、あの事件の報道をみてメンバーさんの心の状態が悪化したという。自分もするのではないか?という不安が襲ったというのだ。彼らは、サポートを受けていて、医者にかかっている落ち着いた人々だ。けれど、統合失調症の人達は、報道を見て落ち着かなくなったなったそうで、友人は「みんな調子悪なって、困る」といっていた。

人や事件や出来事を平たく、簡単に考えるのはやめたい。
けれど、今回のことで「死刑求刑」を求める声もまた、一層聞こえてきそうだ。

このトラウマをどれだけの人が抱えているのだろうか?
すると、戦場の地で人はどうやって生きているのか?強烈な虐待は、その痛みを脳が隠してしまうように、我々も麻痺させて生きなくてはならないのか?

投稿者 pianocraft : 22:38 | コメント (2) | トラックバック (0)