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2004年07月 アーカイブ

2004年07月01日

人と人の垣根

batti.gif
イラクの子供達の描いた絵の缶バッチ
人と人は、出会わなければ何も始まらない。そして、長年つきあってみると、なんだかお互い違う方向に向いてる気がするときもある。

それは、自分が変ったり、相手が変ったりすることからそう思うのか?もしかしたら、自分のみていた相手は、自分の都合で作り上げたキャラクターであったかも知れない。

夫婦はそれを、生活の細部のレベルまでやっていて、ある程度、けん制したり、譲歩したりして、自分たちの独特のペースで家庭運営をやっていける。(失敗もたくさんあるけどね)、だが、他人については、どのぶぶんで関わっている人間かによって、関係を調整することが難しくなる。

仕事であったり、親であったり、趣味の場や自分の生活にはおおきなウェートを持つ好きなことのなかにもあるだろう。

このことは、ちいさな、クアイアの中での話のなかにもある。ちいさなというのは、世界に対して、ちっぽけなーという意味で。多くのものが、そして私が悩む、信仰の裏打ちのないゴスペルは、間違いではないか?という問いかけ。信仰というのはごく、私的な部分であるから、人の心のどれが、信仰心か?といわれても、人間の中にあるものに揺らぎのないものはないであろうから、誰にとっても、問題は同じと思うが。

そして、自分の信仰を問われるのはいいが、宣教をするとなれば立場的に無理がある。歌の多くは、そういう、すばらしい神の愛を称える歌ばかり。リーダーと黒人講師からも熱いメッセージが飛んでくる。これを繰り返していくと、自分は失格だ。ここにいてはいけない。とマイナスな思考にどんどん流れていってしまう。大いなる愛を享受するのと正反対に!

それが、垣根。信仰をもつひとと持たない人。その間の見えない垣根。そこを乗り越えて、男も女もない、障害もあってもなくても関係ない。宗教も違っていい。国だってどこだっていい。
と、だれが見ても聞いてもすばらしいと思う、そんなものになっていって欲しいな。と思うけどね。

2004年07月03日

7月7日

7月7日が近づくと、ため息がでる。七夕のストーリーでは、おり姫とひこ星が年に一度出会うという、ロマンチックな日なのだが・・・

私の友人が1995年7月7日に、ひったくりに遭い。バタフライナイフで殺された。

高校時代からいっしょにバンドをしたり、音楽のおしゃべりをする、大事な友人だった。命は、誰かに奪われた。誰だか知っているけど。加害者は、まだ人生の続きをやっているだろう。

わたしも好きなミュージシャンでボニーレイットというシンガーがいる。スチールギターの名手で、数多く、演奏する機会のあった、お気に入りの人。彼女のことを、同じように好きな、友人は、ボニーの伝記を書こうと思っていたらしい。

いろいろ書き溜めた、そのメモ帳が、財布と一緒に奪われた。
もう二度と見ることはない伝記。

この友人のご両親・お姉さんの家族・友人が7月の初めになると、一同に会す。懐かしさと、過ぎていく日々、今も、死はあちこちにある。

何度も書いているが、戦場では束になったように死んでいく。

一つの死と大勢の死は、一見まったくちがう感情をもたらすが、身近である・ないという問題を越えて、すべての死には、死のまわりにある、血縁や親しい人の悲しみがある。
あるいは、すべての死だってある。家族親族、全滅になってしまうことも。

それが、戦場だからという、危険地帯だからというそんな言い訳は無意味で無慈悲で、本当に最前線に出ない人間のくちから生れる屁理屈だ。

DON'T KILL

2004年07月09日

PCソフトのトラブル

この一週間というもの、PCに振り回されつづけ、膨大な時間を割いた上で、まだ解決しない苛立ちがある。

それは、セキュリティソフトを入れ替えたのだが。不具合が出っぱなし、製造元に電話したら、30分以上東京03の市外局番に待たされつづけ(電話代が発生してる)、メールでの回答どおりに行うも、解決せず。

最終的にだめなら、お金返してくれーといいたい。

なんなんだろうね。この、関係は。パソコンはおもちゃ箱であるけれど。こんなややこしいやつもないしね。

ホントは、昨日すばらしい出会いがあったのだが、気分が底におちて書く気にならない。
いつ解決するのだろう。

むなしく、ソフトメーカーにメールを打つ。

ハア。
疲れた。

実に日記らしい。日記というか・・・・

2004年07月14日

めげた日々

梅雨があけたと思ったら、新潟方面で浸水の災害が起こっている。地球はいよいよ悲鳴をあげているのか?

先日の選挙も、民主躍進だけれど、そして2大政党時代というけれど、アメリカの共和党と民主党のように、ふたを開けると、どっちの政策も似たり寄ったりじゃないの?というような政権交代は、どうにかしてほしい。

違う顔して同じことする。そういうのってやめてほしい。

めげたのはセキュリティソフトの不具合のせいとか、この暑さのせいかもしれない。そういうことが積み重なると、思考が停止する。非常に重要なことを、考えずに過ごしてしまう。

体の調子を崩すと、やはり良くない。ちっとも目先の苦しさから逃れられない。そういうとき・・・
あかんな。脱出を試みよう。

映画でもみたいな。がらっと別世界へ連れて行ってくれるような。

2004年07月17日

もうすぐ夏休み

もうすぐ夏休みだが・・・それは、子供の話。我々は毎日が日曜日ではあるが、仕事が日曜にあることも多々ある。

世間では3連休なのだが、3日ともに仕事の日々。一日は、竹二胡つくり指導です。夏は、やはりすぐ疲れる。暑さ負けしてしまう。

とはいえ、いろいろやっていると、いろんな人と出会えそれも楽しい。

イラクのことで頭に血が上る日々、毎日が腹立ちに満ちていた。そこでも新しい人と出会い。

仕事館勤務でも、いろんな専門職の体験講師と出会い、人の仕事を知ることになる。
そうそう私のしごと館は、夏休みに小学生は無料となり、数々のイベントを土曜日曜を中心に組んである。少し遠いが、館内は涼しく快適なので、真夏に出かけるにはオススメできるかも・・・・・

ということは、夏休みは大勢の小学生がやってくることとなる。幸い、月に2回ほど行くだけだから、毎日、喋りずめで、声を枯らすこともないが、8月はお盆付近に入っているのだ・・・しごと館勤務。盆も休まず営業・・・。

ここで調律をグランドピアノで体験するというのは、なかなか贅沢な環境だ。だが、ピアノはいたむ。かわいそうだが、いつも、しろうとにチューニングピンをぐねぐねされていると、ピンがむちゃくちゃになる。

調律を勉強していたころもそうだった。調律学校のピアノは、毎日練習台なので、ひどい状態になる。弦のこする跡が、ピアノのフレームという鉄骨部に食い込み、音がなめらかに変化しない。(このことを「渋滞」と呼ぶ)になってしまう。チューニングピンをまわしても、なかなか音が変らないようになって、合ったところにもっていくのが難しくなる。

調律師の体験といっても、たった1時間のことである。説明をいれると、実際にさわる時間は短いが、それなりに喜んで返ってもらっている。

なかなか、知ろうとしてもまったく、出会うことのない職業の人々やその仕事振りを、そこに行くことで出会える。というのは、興味深いことには違いない。

専門職でも、こんなのもある。TVスタジオのしごと。栄養士。消防士・・・これは消防自動車があって、なかなかアトラクション的。建築機械のオペレーター。へ~ってことも多いね。せkっかく大金掛けて作った施設。お金の使い道としてはばかばかしいけど、出来たものは利用しないとね。もったいない。

わたしのしごと館のサイトはこちら

2004年07月18日

災害

夏休みを迎えようとしているときに、梅雨、集中豪雨のために洪水災害が起きていることは、大きく報道されている。

泥水をかきだし、家財道具に電化製品にうしなったものも数知れないだろう。人は、想像力が豊かとかいうが、実は、自分勝手な好きなことに関する想像力を働かしても、人の苦しみにたいして、鈍感である。

確かに、自分が足をふまれてもいないのに、「いたっ!」とは叫ばないけど。新潟、ついで福井でも雨がまだ、心配される。

同じ日本に住んでいても、その災害にたいして何かできないかとまた考える。

うにさんの「壊れる前に・・」の日記はよく読ませてもらっている。翻訳された情報に、はっとさせられるものがあり、自分の考えのヒントをもらっているときも多い。ここで紹介された、「梅雨と洪水」のコラムは、この洪水が日本だけでなく、アジアのインド・ネパール・インドネシア・台湾などいろんな地域で被害を及ぼしていることを伝えている。

こうやって、世界規模で、とくにアジアでお互いを気遣う、文化の違いをこえて共通に理解し支えあえる、そういう想像力を豊かにしてくれた。地球は繋がっている。

あっとうてきに違うことが多くても、似通っていても、基本はお互い違う人間同志なのだから、違うことで大いに楽しみたい。そして、支援もしたいと思う。

今日、イラクで拘束された高遠さんが市民活動を立ち上げたらしい。「放って置けない」。そういうことがこの人を動かす。

じっとしていても、感じることは忘れたくない。

2004年07月22日

ぷーみょんと過ぎ去る日常

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今日は、映画「自転車でいこう」を再び観た。天王寺区のイベントで上映されることとなり、テジョンがこの映画を関係者に紹介したといういきさつもあり、のぞいてきたわけだ。ぷーみょんは「ちっぷり作業所」に通う。そこの商品は、アクセサリーやらいろいろあるが、彼のイラストをあしらったTシャツも何種類かある。今日は、ビーチサンダルも買った。

Tシャツを買ったので、「なんか自筆でかいて~な」というと、「流し台」とネコの顔を描いてくれた。なんで、流し台かは、?であるが。

この映画を撮った杉本監督がメッセージをしてくれた。ぷーみょんは、この映画でも日常でも自転車で生野の町を走り回る。すごいスピードであったり、器用にたこ焼きをたべつつ、走ったりしている。それを、同じように自転車2人乗りでカメラを構えて追い掛け回して撮っていたのがこの人だ。ときに、転んで。

ぷーみょんは自閉症という、世間では障害をもっている人となる。だが、その言い方は、健常者のものだ。本人にとって、障害ってなんなんだ。杉本監督の言葉のなかにもそれはあった。
ぷーみょんをぷーみょんとして、付き合う。知り合いの一人として面白がる。そういう中に、答えはある。人は、自分のことを、「自分はこんな病気をもつものです。」と自分を紹介する一番に述べるだろうか?自分の不自由さも自分には工夫があり、不便や、なんか人とうまくいかないこともあるけれど、なんとかやっているんじゃないのだろうか?

杉本監督が撮り終えて、ぷーみょんのところから去るとき、ぷーみょんは「もう、遊びにけえへんの?」と言ったそうだ。ぷーみょんは、遊んでるというように思っていた。

そうかもね。日常は連綿とつづくけれど、「毎日が日曜日」というのもなんとなく一緒。人間は多くの人と絡んだりしながら、あそんでるんだって。

仕事。いろんな思考。うずまく怒りや、よろこびや。平和に日常が過ぎていく限り、あそんでるんだ。

ここにある世界は、ここにあるだけ。世界にはでも、こんな、安心してあそんで生活できるところが、どこにでもあるわけじゃない。

本当に、イラクにも、東チモールにも、シエラレオネにも、ぷーみょんのよな人が活き活きしていられれれば・・・・。

2004年07月26日

Gospel平和コンサート

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夏になると、戦争を思い出す。が、この2年思い出すどころか、自衛隊がイラク戦地にいっているわけで、現実のことだ。

1945年8月6日 広島 8月9日 長崎 原爆が日本に投下された。59年前である。
いまイラクでは劣化ウラン弾が、放たれ、さらなる核汚染が人々を苦しめている。まだ、続いている現実。

8月7日にGospelコンサートを行う。わがハーレムJPクアイアとあと5つのゴスペルグループが出演。平和を祈る。

タイトルは「Spiritual Fighting]
ゴスペルはクリスチャンの音楽である。かといって、歌う人、聞く人がそうなければならないという訳ではない。

特に、日本では固有の発展を遂げたとわたしは、思う。キリスト教の入り口に誰もが立つことが出来る。キリスト教などいらんと考えている人も、多分、ゴスペルクアイアの大合唱にはなにか、わからないけど、響くものがあるはず。

祈る。というのは、宗教の信者にとっては、空気をすうくらい重要なことだ。これなしでは、生きていけない。簡単に祈れば、何でも、贖罪され、楽になれ、そんなお気楽なことはない、と勘違いしている人がいるかもしれないが、「祈り」というのは、実に深く、積極的な、働きかけである。と私は思っている。

行動する、運動する。など、物事に対するアプローチが何千通りもあるだろうが、その中で、祈るという行為は、実に力強い。

まず、祈るためには、自分以外の人や物や出来事を深く考えねばならない。それが、大切な第1歩。どうせ、関係ない。と考える「無関心」が、何を呼ぶかといえば、ご存知「戦争のつくりかた」の世界である。

ちなみに「戦争のつくりかた」は大ベストセラーになってしまった。メディアでも数多く取り上げられ、マガジンハウスからも発売されることとなった。

こうして、ゴスペルを歌うことで、訴えをしようというのがこのコンサートである。
私は、今回はイラク写真展を行います。コンサートの入り口ロビーで陣取っていると思います。また、コンサート中で、池上宗徳さんの「IRAQ WAR」のDVD上映も行います。このブログを参考にしてね。

ということで、8月7日はいろんなイベントがあるけど、ぜひゴスペルで一緒に祈りましょう。
そして、怒り、観るべきものをみ、聞くべきことをきいて、考えてください。

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