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2005年03月 アーカイブ

2005年03月02日

フィンランドの義務教育

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昨年あった経済協力開発機構(OECD)の国際的な学習到達度調査(PISA)での日本の成績などで報道された記事は、一時話題になり日本のレベルが特に読解力で前回(2000年)の8位から14位に転落したことを取りざたしていたが、そのときの1位の国について注目が集まっているらしい。関連記事


PISA2004年のトップはフィンランド。
フィンランドの教育ってどうなのよ?といういと。なかなか面白い。

成績表がない。
他人と比較して上か下か、という考え方をしない。
少人数学級。20名。
出来る子も出来ない子も同じクラスで助け合って教えあいしている。
教師になるのに5年はかかる。

くわしくは、「そよ風に乗せて」さんを一読ください。

これを見ていて、ドイツのシュタイナー教育やアメリカのサドべリーバレースクール(フリースクール)を思い出した。

シュタイナー教育では、詩のような成績表があり、サドベリーでは、子供が学びたいときは自分や仲間をつのり、教えてくれる人をさがし学んでいき、本当に自由の中からしたいことを考える能力を育てる。(自由ってのはたいへんな労力をつかう)

詰め込みも競争もないそんな、フィンランドで、子供達は自信をもって、自尊心を傷つけられることなく学んでいっており、すばらしい成果を生み出していることを考えたら、日本では簡単にまねできない、大人の社会がしっかりしているように垣間見れる気がするのは私だけだろうか?

2005年03月09日

「生ましめんかな」

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「生ましめんかな」の栗原貞子さんがなくなったという記事を読んだ。反戦にかけた92年の生涯について初めて知った。

「生ましめんかな」はコチラで読める。
原爆投下後の地下室で、あたらしい命が生れる。それを助けたのは、瀕死の産婆だった。命が丁寧にバトンタッチされていった。

一つ一つの生きる力を繋いで行く。織物のようにつむいでいく。そんな風に、命とははかなく、力強く、大切に取り扱われなくてはならないものだ。

反戦にかけた生涯は、強く・激しいものだったようだ。今、命がうすく引き伸ばされているような気がする。
大切にされずに戦場にもっていかれる。カウントされた、死体の山の一つになってしまう。そんなことを許しておくわけに行かないだろう。

抵抗することが、非暴力平和主義である。積極的な抵抗がない限り、おおきな思いに絡め取られてしまう。

広島には、3年前と子供時と2度おとづれた。
原爆記念資料館の情報は資料館のサイト http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/
原爆のことは、 A-Bomb WWW Museum のサイトに詳しい。

子供の時は、焼け爛れた子供のマネキンが怖かった。ただ、恐ろしいことがここにはあると思っただけだった。でも、3年ほど前、子供を連れて訪れたとき、学徒動員で子供と同じ年頃のこどもが大勢なくなっていることを知って、親として苦しい思いをした。子供のマネキンは、我が子と同じ年の子供のものだった。

今は命が薄くひきのばされているようにも感じる。それは、ロード オブ ザリングの物語でも指輪保持者で長生きをしたビルボが語る言葉でもある。

薄く長く引き延ばされる一方で、簡単に殺される命。国に殺されないようにするためには、大人が本気で平和を創る努力を惜しまないということだろうね。

2005年03月17日

軍国教育?

TUPのMLに参加しているために得られる情報は、多いが、つい多くてしっかり、キャッチできてないときがあった。

まず、TUPとは、
 TUP速報
 グループの説明:このMLはアメリカによるイラク戦争をきっかけにして、03年3月に作られました。戦争 と平和に関する翻訳記事や重要な情報を、できるだけ早くお知らせする掲示板です。主に、日本では報 道されない米英を中心とした情報を翻訳家約40人が、ボランティアで手分けして翻訳し、配信の登録を した人にお届けしています。購読料は無料です。不毛な戦争を一刻でも早く停止し、国際平和が実現  することを求めるためのMLです。グループを混乱させる目的での書き込みを避けるために、投稿は管  理人グループにしか届きません

有名な、「リバーベンドの日記」もコチラから更新されると送られてくる。
わたしが、ひっかかったのは、数多くあるが、その中でもとりわけ、教育にかんする記事が目をとめた。

アメリカの教育が、「軍事教育」を行っているというもので、
「アメリカの教室に侵入した軍国主義 生徒を戦場に追い立てる」というタイトルがついてる。本文は、リンクから読んでいただきたいが、これが、戦時国なのだとわたしは、思った。

日本もきな臭い自民党の改憲試案骨子が発表されている。
国民に「国防の責務」をというもので、「国を愛するこころ」「国と国民の安全を守る」と自主防衛の理念が盛り込まれている。こころまで、国にとやかく言われたくない。いつでも戦争できるための準備ばかりが先行して、平和的な努力や対話をちっとも重要視していない感じだ。

アメリカでは高校で、「大学にいくな、軍隊へ入れ」ホームルームで、軍隊入隊の広告番組を毎日のように見せられる、徴兵官が毎日カフェテリアに現れ、軍の「広報官」が教室を訪れ、進路指導室に大きな入隊勧誘ポスターが貼られている状況(記事より抜粋)。
これは、「華氏911」で、貧しい地域の若者に積極的に、「学費免除」「報奨金」で勧誘し、就職もなく、大学進学資金も苦しい人を戦場に追い込んでいるシーンとだぶる。

アメリカは、多くの軍人を必要としている・・・何故か?
  新聞報道でもこれまでの戦争以上の大量の戦線離脱、自殺者が出ていると報告されています。
  2004年末に米陸軍は、兵士の6人に1人は何らかの精神疾患の症状を呈していると発表しました。
  (TUPより)

士気が落ち、疲れ果ている兵隊、使い捨てた兵隊に新たに、替えの若者をつのっているというわけだ。

日本でも、教育現場でこのようなことが語られるときが来るのだろうか?以前、息子が学校帰りにもらってきたチラシのことをこの日記で「暴力に巻き込まれずに」というタイトルで書いたが、学校前でビラ配って逮捕されるのにこれはいいんかい。

ついこの間の卒業式では、こんなことがあった「ただ今から国歌の斉唱を致します。お立ちになれるかたは、おたちください。」ふふふ。「わたしたち夫婦はお立ちになれない方」だったので、その場で座っていた。曲が音源から流れるが(生演奏ではない。)最初のワンフレーズだけ、そのあとは、不気味で低いこえの合唱(主に教師席から)、こどもたちは、見事に全員着席していた。

命をちっとも大切にしない国。国から殺されないようにするために、センサーはより厳しくなる。

2005年03月19日

気になる映画

気になる映画がある。アカデミー賞をみていて、助演のノミネートをされていた「ホテル・ルワンダ」だ。

ルワンダのジェノサイドの中にあって、対立するフツ族〔虐殺する側)のホテルの支配人が危険をおかしてツチ族をかくまった、実話に基づくストーリーだ。これが、1994年の出来事だったと言う事を、忘れてしまう。

アフリカや南米や紛争が多発していた時に、国際情勢にピンと来てなかったわたしは、今になって、多くのことを学んでいる。94年、震災の一年前、サリン事件の一年前、11年目の今年。大事なことをちゃんと忘れずにいたい。

この、ルワンダ大虐殺に関しては、コチラの記事が詳しかった。
「隣人による殺戮の悲劇 94年にルワンダで起こった大量虐殺を読みなおす」というタイトルでかかれている。

同じツチとフツ、ルーツは同じ言語、でも、植民地化のためにどんどん互いを憎むようにしむけられていく。
人間というのは、故意に価値観を植え付けていく事で、差別意識を生み出していくということは、明らかだ。

以前、TVのドキュメンタリーで学校のクラスを半分にわけ、片方の半分を何の理由もなく、そのグループであるというだけで、もう片方が徹底的に差別する。という実験をしていた。残酷な実験で、子供達は、差別されることで、いわれのない劣等感をもつようになり、もう一方は、優越感をもつようなる。

人間とはなさけないものだと、思う。けれど、中には、強い心の持ち主もおり、「ホテル・ルワンダ」の支配人のように、人間の本質を見極めることができる人もいるのだ。

この映画の日本公開は、決まっていないらしい。是非、観たいものだ。そして、強いこころの持ち主に出会いたい。

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