2008年04月08日
チベットを支援するのか、中国をバッシングするのか
五輪の聖火リレーの映像が過度に報道されていて、ショーのようになっている。一番、ライブな人の好奇心を引く捉え方・・・・
あれを見てると、もちろん「チベット解放」賛成だけれど、世界が注目するからといって過激すぎる妨害は見ていて憂鬱になる。
調査捕鯨船に向かう、反対運動の活動家のように・・手段を選ばす抗議するというのは性にあわない。
日本でも長野でランナーが走るのだろうが、世界のマスコミに向けて抗議を行うのは大いにけっこうだけど、静かなる、非暴力なやりかたをしてもらいたいものだ。
このところの、チベット支援は、ある部分利害を共にする「嫌中国」の感覚と結びつかなければいいなとおもうのだけど、環境問題をとっても日本でかつて発展途上の時代に工業都市に住んでいた私たちもヒドイ環境にさらされていたし、農薬の問題もやはりあった。本当に公害問題が連日報道され、実際に多くの被害者をだしてきた。その行程を中国が歩んでいる。若い人には、イタイイタイ病や、カネミ油症事件、水俣など知らずに生きてきただろうけれど、かつてヒドイ公害時代が本当にあったのだから。
この数日もペットボトルに除草剤の混入があったりと、いまだに食の安全は確立されない。
では、先に公害問題を通り過ぎてきた日本は、公害対策に動いた知識と経験を生かしてアドバイスし、ともによい環境をつくる手助けができないのだろうか?
私は、中国の政治体制を理解することも共感することもないのだが、物事は切り離して考えないといけないと思っている。批判も支援も両方必要だし、日本は特にアジアの国に対してやりのこしている仕事もある。
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2008年03月29日
ムンク展

ムンク展より、「声・夏の夜」1893年
神戸で仕事があり、1件目と2件目の間にどうしてもぽかっと待ち時間ができてしまった。ので、兵庫県立美術館で3月30日まで開催されている「ムンク展」に行ってきた。
その日は平日だったのだが、なかなかの人出で、入り口から他人の肩越しに説明書きを読むといった様子だったが、徐々にそれぞれのペースが違うので少し鑑賞しやすくなっていった。
私はムンクについての知識はあまりもっていなかったが、それぞれの作品が1つで大きな意味をなすというより一塊に展示することで統一のテーマを担っているという点が、今回の展示手法でも面白みが感じられたところだった。実際にムンクは、自分のアトリエで展示の順序などを試行錯誤していたようで今回はそれに準じた展示の仕方をしている。
ムンクは壁画も描いているが、その対象となったのは個人宅、チョコレート工場、劇場、講堂と広がっており、大きな建物のなかに展開される本物の壁画を是非みてみたいものだと思った。
そしてテーマは、生命を取り扱うものが多かった。有名な「叫び」(これは実物は展示されていない)や「不安」などがあるが、心のありかを表すような不安定な要素が印象深い。けれど、後半に展示されていく「労働者」のシリーズは、それとは全然違い、力強く、生きる力に溢れていて、これは心の有り様というよりも人間存在の生命力を感じさせる。
本当はゆっくりと、人の呼吸も聞こえるくらいのところで絵をみたいものだけどそれは、贅沢な望みなのかもしれない。この春にふらっと、散歩して額縁の中にはない自然の色を堪能したいものだ。
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2008年03月13日
心を育てる学校~先生の号泣
今日は、子供の卒業式だった。おそらく、この先、卒業式に出ることがないような気がする。
高校生という時代を公立高校に反発し、もう一つの学校へと居場所を変更したわが子。
そこにくる親も子も、初めは重苦しい気持ちを引きずってやってくる。敗北のように、うまくいかなかったから生まれた選択肢。
初めから、積極的に選択した子供も中にはいるだろうけれど、多くはいろんな問題をかかえつつ、先に進むみちを求めてやってくる子供たちだ。
この学校は、自分がかかわりを持とうと思えば、しっかり手を差し伸べてくれる。それがしにくい状況の場合は、スキを見計らっては、子供を誘ってくれる。なので、学校生活では個々ばらばらに、子供どおしが繋がって、連帯して、一つの社会を作り上げているのではなく、個対個の付き合いになっていく。
それは、先生とも同じで、そのせいでたとえ一年だけ通った子でも、2年通った子でも、ひとりひとりのなかに刻まれたものが残る。先生たちはおそらく、成長する、変化する姿というのを目の当たりにすることになるのだろう。
心の根っこの部分をしっかり育てるように、そこを見つめていよう。結果として付いてくる進路の選択や、不選択、迷いの中へ生きていく道、そのどれも、過程であり、現在の結果でしかない。
大切なのは、心で感じ、考えて生きていくこと。それを、先生たちからも気づかされるときがある。時に親はあせったり、良くない状況は早く脱したいと、本人が苦しんでいることを忘れて、自分の解放を望んでしまっていたりしたこと。
数々、思い出したりしてみた。
旗もない、先生と生徒の卒業式。親は見守るだけだった。式の初めから号泣の先生。
こんなふうに、関わってくれる大人と出会えて幸せな子供たちだと思う。
ほとんどの先生が若く、子供と対等につきあってくれている。だからなのか、どの先生も、声を詰まらせてどこかに残った、子供たちの個性的なカケラを思い出してくれてたのだろう。
さて、愛されていることを改めて知った人間は、次は、誰かにバトンを渡して欲しい。
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2008年03月04日
あなぐらから出たい。
あっという間に、2月が過ぎた。
KATEKさんのブログを読んでいて触発された。穴倉からの脱出。
2月から3月にかけて、仕事で言えば「学校調律」のシーズンだ。世の常にならって、道路工事とおなじように(でも学校調律は年間予算でちゃんと組まれてる)年度末だからか、学校周りが忙しい。
この季節、ひとりぼっちで体育館で「ぽ~ん、ぽ~ん」とピアノを鳴らしているとよけいに寒さがこたえてしまう。
また、汚いピアノも学校には多く、大事にされてないからか体育館の壇上には緞帳がどかっと乗っかったピアノもあり、少々不機嫌にグランドピアノを押したとたんに、左手首を変にひねってしまった。
左手は打鍵するために、冷たいままだし、タッチを整えるのに重いアクション(機械部分)を引っ張り出したりするのに、左手に気遣いながら(でないと時々、ビキッと痛みが走る)仕事をこなした。
別に学校周りが穴倉生活なわけではないけれど、年度末には特有の総会シーズンを前にした、事務的な仕事(役回り)が私にはあって、その準備も重なり、おまけに、おまけに。年老いた家族の不調でまったく、ぐるぐるまきにされた感じの日々だった。
そろそろ春の兆し・・・。か。黄砂も飛ぶ、花粉も飛ぶ日々に、まだ、ぐるぐるまきにされつつも、穴から這い出そうと気分になってきた。
借りたDVDも見れずじまい。そんな日よ、さようなら。
よく訪ねるブログでは、日々ニュースが更新されていく。こういうとき、もういい加減でなきゃな・・・と思います。
今日のNHKの7時のニュースを食事の支度をしながら、音声だけを聞く。
オープニングテーマがながれたとたんにヘッドラインを伝えるこえの第一声が「中国が軍備を拡大している」というものだった。「えっ?」これが今日のトップなん???
穴倉の中にいても、センサーは張っている。
おかしいなと思う気持ちは、捨てないよ。
投稿者 pianocraft : 23:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年02月07日
中国の青年
ギョーザのニュースばかりの最中、週末の一日、かかわりがあって中国人の青年が一泊、我が家に滞在した。
二胡という楽器のメンテナンスを指導する仕事をしていて、二胡奏者ジャー・パンファン氏の甥っ子にあたる。普段は東京で生活しているので、大阪の仕事の関係でウチにきてもらった。
この日の夕食は、石焼ピビンバ、参鶏湯も用意(こちらは鶴橋製)
中国でも北のほうは朝鮮族の人がたくさんいるから、朝鮮料理はよく食べていたそう。
中国の話をすると、本当に大きな国だとわかる。
北京まで電車で20時間以上かかるところが生まれで、飛行機で行くと、月収の5分の1くらいの旅費が掛かってしまう。日本とサイズが違う。
いろんな国のことを知るには、友達をつくるのが一番。
朝は雪が降っていた。関西に来ても忙しくて、京都も奈良も、もちろん大阪観光もしたことないそうなので次に来たときはゆっくり案内してあげましょう。
投稿者 pianocraft : 23:49 | コメント (0) | トラックバック
2008年01月07日
年深い人に思う。
お年寄り・老人・・いろいろ言い方はあるけれど、ふと「年深い人」と言う言葉を思いついた。
今年の年賀状に「今年から親の介護生活に入りました」とかかれたものがあった。
そうか・・。それを読んで昨年、母が骨折をしたとき思ったことや、歩けるまでの3ヶ月間やその後の生活の変化などに思いをめぐらせた。
本格的に身体介護の必要な状態ではない私の生活は一瞬でも介護生活と呼べるものであったとは思っていない。仕事もし、生活のペースをすこし変えただけだから。
でも、この記事は、KATEKさんのブログの記事を読んでいて、ひどく反省したことで書き始めた。
その記事は『おばあちゃんがぼけた。』と言う本の紹介だった。
>効率を重視するぼくたちの介護は,お年寄りの持つペースと
>リズムをことごとく乱し,それぞれの世界を破壊した。
と書かれた文。
ここに書かれた人たちは、かなり重度の方々のことだと思うけれど、軽重に関わらず、年深いひととのかかわりは、どちらかといえば、尊重とかけ離れたことも多いと感じるから。
母が歩くことが大変な労力のいる時期に、街で買い物にでかけたときは、人の歩く流れのペースや子供がそばを走り抜けることに非常に神経をつかった。
倒されたら大変だという思いが常にあったから。
こんなことは、今まではわからなかった。もちろん障害を持った人たちとのかかわりもあったから、車椅子に乗っているとか、多動な子供とか、顕著に人にアピールできる場合は人に配慮を迫ることができたのだけど、普通に年寄りであるということは「元気」であると誤解されるということ。
そして、私も他の人に対する思いが欠けていたのではないかと思うこと。
例えば、年深い人を歩いたり、自転車で追い抜くとき。
例えば、スーパーのレジで、財布からお金を出すのが遅い人の後ろにいるとき。
「待つ」ということが苦手にならないように、時間がせっぱつまっていても、人にその遅れの責任を押し付けないように。
子育てで「待つ」ことの大切さをしっていたはずなのに、人を待つことを忘れないように。
これを、ささやかな心がけにしたい。
人の世界を破壊しないように。どんな小さい世界も・・だ。
投稿者 pianocraft : 23:30 | コメント (0) | トラックバック
2008年01月06日
今年はマッコリ会ではじまる

2008年新年早々は、まったく正月の趣のない生活をしていたが、ぼちぼちと日々が過ぎていった。
で、今日は「マッコリ」を楽しむ会というのをやってみた。
マッコリ・・にごり酒である。趣味でつくる本なども数々出版されているが、相方も自作でなかなかのものを作る。それを仲間で味わおうという会である。
参加者には、一品か一芸を持ってきていただくということで、にぎやかな宴となった。
なかでも、友人の交遊亭楽笑さんがひときわにぎやか・・で、楽しく手話落語の芸を披露してくれた。
美味しいお酒と、お話・・・次は音楽に決まっている。
これまた、友人でもあり、師匠でもあるちんだみ師「871」さんが八重山民謡を唄い、座を広げてくれた。
集まった仲間は音楽のかかわりでもあり盛り上がり、大騒ぎしていい夜を過ごすことができてよかったよかった。
交遊亭楽笑さんは、ただいま活動先を募集中!
手話の落語を聞きたい方、見たい方。司会を頼みたい方。
手話の講座の講師を探しておられる方。
是非、HPをのぞいて連絡をとってくださいね。
楽ちゃんのHPは、こちら http://msrakushou.exblog.jp/
投稿者 pianocraft : 00:56 | コメント (2) | トラックバック
2007年10月29日
いろいろあった

マイマイフェスティバル舞台
ブログのエントリーがちっともかけない日々が過ぎていった。
身内が入院して、仕事と病院の行き来が忙しく、帰ってから「マイマイフェスティバル」で演奏する曲の練習を相方とやっていた。とはいえ、もう少しリハーサルすればよかったといつも思うけど。
マイマイフェスティバルでは、コリアボランティア協会の仲間と久しぶりに会った。前は、障害をもったこどもたちと遊ぶ企画をやっていたけど、今は、それもなく離れていた。彼らは、相変わらず、地道な支援活動を行っている。その日もバザーで商品を売っていた。
マイマイフェスティバルは、ワンコリアフェスティバルと共催しており、大阪城公園の対岸のようなかたちでワンコリア(こちらはでっかい舞台)の舞台がある。
北と南一つのコリアになろうという例年行われているファスティバルは、大勢の人と韓国ブームのお店などでにぎわっていた。
マイマイのほうは、異文化理解をすすめるというテーマ。こじんまりしているけどいろんな国の食べ物屋さんがでていて楽しかった。
やっと、個人的ないろんなことが、一段落してきている。
でも世の中では政治の動き、食品会社のウソ、亀田一家から始まった教育問題まで含む騒動。
日々、喧騒を感じていたが、落ち着いてものごとを考えている状態に持っていけないでいた。
人は、生活を続けていく上で立ち止まることが必ず必要だと感じる。
仕事の忙しい人、介護の忙しい人、子育ての忙しい人。
世の中が微妙に変わっていっているのをキャッチしたり、自分の感覚に立ち返る必要があると感じるというか、そうしなくては・・・とあせるというのが正確な印象だけれど。
でも、音楽をしていたから、気分が「忙しい」という一色にならなくて救われた。
音遊びを忘れないようにしようと、また思いを強めた。
投稿者 pianocraft : 23:12 | コメント (2) | トラックバック
2007年10月03日
芝居がはねて・・・

名村造船所跡地(舞台袖)から大正区をながめる
ロヲ=タァル=ヴォガの十周年記念公園【新青年】の舞台が終わった。
10月1日に追加公演も行い、のべ1000名を超える来場があったという。
私がエキストラ参加したのは、3日間だけだったが、舞台を作っていく過程をリハーサルで見たり、演出の近藤氏のこの舞台にかける思いの話などを聞いて参加したことが、楽しくもあり、面白がることもできたと思っている。(もちろん、ブログがかけないくらい・・・仕事と掛け持ちで疲れたのも事実)
広い造船所跡地の舞台は、対岸の大正区の工場郡を借景にした位置に配されて、舞台が始まる時間には照明効果とともに工場の明かりが印象的だった。
私たちエキストラは、政治家の長老の役どころだったがちょっとした高さのある「長老席」から、舞台の中で進行して行く、総理の若いころの仲間の思いをつづる「新青年」の動きや現在の状況を時間軸がいったりきたりする中で、上から要所要所に出現する。
舞台のオブジェと化するようなそんなイメージだ。
舞台が初日を迎えるころは、残暑が強烈な日々だったのだが、後半になってぐっと秋めき、肌寒い日さえあるような、まさに季節をまたぐ公演となった。
季節だけでなく、政治の季節もこの舞台の初日に新総理誕生という、芝居のテーマとまるでリンクするような動きがあった、ミャンマーでなくなられたジャーナリストの話も芝居の一シーンとして重なるものがあったし、妙なリアルさを感じる。
虚構が現実にくるまれて異空間をつくっているかのよう。
若いスタッフや役者が動く中で、舞台つくりの時間に参加できたのは楽しかった。
役者の中で、映画「ヒロシマナガサキ」に出演していた女性とであった。
彼女は、今回は役者として出演していたが、映画のなかでは、ゲリラライブを行っている二人組みの女性ミュージシャン「あふりらんぽ」のぴかちゅう。
彼女は印象的な役回りで、怒りのドラムを劇中も叩く。
映画のことで少し話ができた。
映画「ヒロシマナガサキ」の最初のほうの彼女たちのシーンは東京の交差点でゲリラ的に演奏して撮影したらしく、警察にひっぱられたり、それは大変だったらしい。
彼女自身は、映画冒頭のインタビューでで若い人たちが8月6日のこと9日のことを知らないことに、怒りを感じていた。
もっと多くの人に知って欲しいという思い。
あの映画は、若い人にはシリアスで、キツイ映画という印象で、余り周りの人が見ていないと彼女は言っていた。私は、ある程度の年齢の人間はけっこうしっている(片寄りがあるかとおもうが)内容をもう一度、違う角度も含めて見せている映画だと思っていたので、あらためて強烈に思いを重ねたというより
静かに潜行する思いを強めたという感じがしていた。
知らない・・・という若い人にとっては、センセーショナルな事実。しっていても知りたくないのか、見たくないのか、考えたくないのか。けれど、今回の芝居のように、思いのある若い人も多くいると思う。
いろんな人とであえた。これは、また一つ、宝物のような時間だったとおもう。
長老役の人たちもユニークな人ばかりで、楽しかった。確かに舞台にでてやろうっていう好奇心の強い人たちばかりなんだから。
10月は、また古い歌を歌うステージのために、練習をします。
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2007年06月02日
両親という夫婦

久しぶりに美しい夕やけ
この一月といえば。両親の半介護状態で、自分の遊びはちょっとお預けだった。
非常にプライベートなことなので、書く気がひけるのだが。母の骨折がきっかけで、両親が四六時中顔を見合す空間に居る生活というのは、とてもたいへんなことだった。私は、同居ではないが、近くにいる。
よく考えると、私が外出に車を出さないと、両親は駅までの外出さえ無理だ。そして、普段は一人で買い物にも老人会にもいろいろ社交的に過ごしていた母が、家から一歩もでることができなくなったこの一月。母にとってのストレスの原因は父その人そのものだった。
ちょうどこの間、朝日新聞でも夫が妻を介護する場合の問題点が載っていたっけ。
夫は、スケジュールどおりにすることを要求するけれど、体調が良かったり、悪かったりする妻に対する配慮ができないことが多いとか。
父は昔は、大正生まれにしては、家事をまめに手伝っていた。炊事、掃除そいういうことを。
ところが腰が悪くなってから、特に最近はやれなくなった。できないということはプライドを傷つけるのだろう。それが、母に対するいやみな言葉となってしまうらしく「一月もたつのに直らないのか」などといわれても、自分も不自由なくせに人のことは配慮できないなんて・・・と思う。母は顔をあわせると愚痴をこぼすようになった。
年配の夫婦は、昔からの力関係から抜け出せなくて、歩み寄り支えあうということが苦手なのか。
私にとって、この間の介護にまつわる具体的な拘束時間はなんとも思わないのだが、母の感情の沈むところを見るのが辛かった。自分ができない情けなさに自分を追い込んでるなと・・・思うこともあったし。
パートナーって何だろう?人生の横を歩く人は、私はいつまでも他人だと思っている。
だからこそ、気をつけて心を掛けていかないと、見失うことがあるのではないか?と思う。たまたま一緒に住んでいるけれど、一緒に子供を育てているけれど、自分のものでもないし、その人は他人以外のなにものでもない。自分の思考プロセスと違う生き方をする人だ。それを、不思議に思ったり、面白がったりできる幸せが、他人と暮らすよさなのにね。
両親は、古い夫婦感に自分を押し込んで生きている。自由になってよ。
投稿者 pianocraft : 22:59 | コメント (2) | トラックバック
2007年01月21日
歌った、弾いた、笑った
この間の金曜日に、カラーカウンセリングの先生「多田みよこ」さんの新年会に、誘ってもらった。
この会、多田さんに学ぶ生徒さんたちや、多田さんのお友達、私の両親など、年齢もばらばら、初めて出会う人も多い、おもしろい集まりとなった。
多田さんの生徒さんたちは、日ごろから人とのかかわりを学んでいる人たちなので、やさしい心の持ち主が多い。この会の今回のテーマは、新年会だけでなく「年配者の元気をもらおう」という意図もあった。
80を超えて、ばりばりしている、女性経営者のすてきな方や、私の親。やはり80を超えて音楽を教えている。そういう老人を敬い、大切にする会だった。でも多田さんは、昨年の暮れにご自身のお母さんをなくしたところだった。
そのお母さんから「湯たんぽのような人になりなさい」といわれ、本当にそのように、いろんな人に元気を分けてくれる。
実際に、テーブルに座った人は、初対面でもなごやかになり、楽しい時間をすごせた。
私と、テジョンといえば・・・・。この会で歌ったり、弾いたり、話したりする時間をいただいて、懐かしい歌、沖縄の歌などを弾き歌いした。このときに持っていったのは、二胡、三線、ウクレレ、そして会場のピアノを使った。思えば、私は親の前で弾き歌いを聞かせたことはなかったな。
この日の最後に、司会も勤めていただいた駒井さんが、「葉っぱのフレディ」を朗読してくださった。心に染みる、声、死を受けいるという話は、多田さんにも響いたのだろう。
駒井さんは、4月に開局する吹田千里のコミュニティFMでもパーソナリティを勤められる。
多田さんの周りには、いろんな人が集まる。そういう人たちに「ほっこりあたたかい」存在としてこれからもいて欲しいな。
投稿者 pianocraft : 23:59 | コメント (2)
2006年11月26日
ぽみえ文化祭
この土日は、フリースペースぽみえをリニューアルして、1年半たち久々のイベントとなった。
友人のおとうさんが大切にしていた喫茶店を、亡くなられた後なんとかみんなで生かそうと、仲間でペンキ塗り替えや、工事を行った。今は、三線の教室、二胡の教室、フラワー教室、いろんな人のバザーや会議といろんな使い方をしてもらっている。
文化祭では、フェアトレード商品をサマサマさんから委託販売し、少しでもアジアの女性の生活資金になれるように、また、グローバルな企業の製品が数多く身の回りのでまわる中、こういう世界の経済格差に少し気づいてもらえる紹介ができればとおもって取り組んだ。
文化祭なので、音楽もやってみた。てじょんの二胡とピアノ、リュートの人の飛び入り、三線の歌いびきとちょっと雰囲気つくりにと思って・・・
こうして、いろんな人とであい、「ぽみえ」という場所でつながるあたらしい「縁」というのも大切にしていきたいと思う。
今回の文化祭では、数多くの人が自作の素晴らしい作品を展示販売したり、日ごろ自分の子供さんにつくっている、美術造形がすばらしすぎるおもちゃの展示など、いろんな人の創作能力におどろいた。
身近にたくさん作家がいて、創造的に生きている。これもこんな機会にしることができる。
いずれは、ちいさな映画会もやってみたい。平和映画祭。これが目標か。
2日連続おつかれさま。楽しい疲れでした。明日から、また仕事ぼちぼちやりましょう。
投稿者 pianocraft : 22:55 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月21日
石垣島~台湾そして韓国

再プレスされたナミイおばあのCD「ナミイ!」
この間の日曜日、予定をやりくりしてやはり観てしまった。映画「出草の歌」hanaさんの後押しもあった。
京都の上映が6時30分からで、終了後に映画にも靖国神社の宮司に詰め寄る通訳の姿であった、徐桂国さんの解説があったので、濃密な時間だった。
映画「あんにょんサヨナラ」で韓国の靖国合祀反対のイ・ヒジャさんの訴えを観て、台湾の原住民(彼らは自分たちのことをそう呼ぶ)の靖国合祀反対の立場や運動をその人を知りたくて、この映画はわたしにとって一続きのものであった。
この映画の中でも、映画の主人公であるチワス・アリさんと韓国での靖国合祀反対のデモのときにイ・ヒジャさんは並んで立っていた。
台湾の少数民族について、私は本当に知識がなかった。50年にわたる日本の植民地下において皇民化教育を受け、高砂義勇兵として日本兵として戦い、命を落とし、靖国に連れて行かれた彼らの祖父たち、父たち。敵と一緒に合祀されている憤りは、まったく筋が通っている。
映画の主人公は、美しい、元女優で歌手の中心人物のチワス・アリさん、彼女もタイヤル族であり、多くの原住民と手をとりあって台湾での人権獲得のために運動を行っている。映画は彼女の姿を追うと同時にもう一つの大事な主役である、一緒に音楽表現で原住民の伝統的な歌を伝承していこうという「飛魚雲豹的音楽工団」のすばらしいパフォーマンスも追う。
彼らはもともとは、文字をもたなかった。歌ですべてを伝え訴える。その言葉や音を保存しようとしている。彼らは、靖国へやってきて歌で抗議した、大阪でも、歌い始めると、自然に誰かがリードしてその人の部族の歌をうたい、次々に人がかわり、旋律が変わる。その、歌のすばらしさは、会場で買ったCDを家で聞いてさらに驚いた。美しく、幻想的、惹きつけれる力がある唄。
歌に見知らぬ歌にこんなに惹かれたのは久しぶりだ。
台湾。ここにはナミイおばあにもかかわりがあった。日本占領下の台湾でナミイはお座敷を取り仕切り、日本兵相手に働きまくった。琉球の人たちも、日本人から切り捨てられた人たちだけれど、その台湾では別の世界もあったのだ。
おばあの住む石垣島から台湾は見える。本当に近いところにある島。
歌がつなぐアジアの歴史を垣間見る思いだ。
結局、人は歌を残していく。辛く、生きるのにしんどいから歌を歌いついで行く。私に歌が必要なのも、強烈に惹きつけれられるの何かを失っていて、補うものをもとめているからかもしれない。
映画は、ドキュメンタリーとして少し散漫になるが、圧巻なのは「歌」だ。このために、この映画はみてもいいくらいすばらしい。いま、「出草の歌」のサイトではCD販売もしている。心動いた方は聞いてみてください。
私が買った分は、1枚ものでしたが、ボックスセットらしいです。
そうそう、「ナミイと歌えば」が京都で10月に公開です。もう一回いってきますね。
投稿者 pianocraft : 23:42 | コメント (2) | トラックバック
2006年07月18日
生きてきた歴史って
気分として・・毎日が日曜日でいたいと思っていても最近はそうもいかない。隙間に映画や集会に出向いていきたいのだがそれもかなわない。
そんななか、災害・紛争が押し寄せていて、そちらも気がかりだ。ジャワ島は地震の被害から立ち直っていないだろうし、インドネシア沖の津波のあとに急がれていた「ツナミ警報」の設備も整備が間に合わなかったようだ。自然も人も国も壊れているような気がしてくる。こんなうっとうしい気持ちをちょっと変えよう。もちろん、支援もわすれず、国の壊れるのを阻止できるように力もつけなくてならないけど。
すてきな人生というか、不思議な人生の話を聞いた。
友人のお父さんの話なのだけれど。友人は、沖縄県出身。小学5年で大阪にやってきた。
お父さんの生まれはインドネシア。沖縄の人たちは、当時入植してたのだろうか、比較的裕福だった様子だ。というのも、お父さんは三輪車に乗っている写真をもっているそうだ。昭和のはじめの生まれの人としては、ハイカラ。けれど、母を失い、沖縄に帰って継母にはいじめられた。そのせいか、大人になってもなかなかひとつところに収まらない、放浪の人生を送った。
友人の母と結婚してから、返還前の沖縄で大工をしたり、農業をしたり、牛飼いをしたり。ふっといなくなるとおもえば、当時だれも住んでいなかった西表島に舟で出かけて(そのときは石垣島に住んでいた。)
掘っ立て小屋をたてて、一人で水牛を飼ってすんでいた。ともかく、自由で、大阪に出てきて、落ち着いてから家族を呼び寄せるときに親戚中で、反対賛成と大騒ぎして、結局、友人は大阪にいついた。
今も、お父さんは、パチンコと仕事と半々で生活してる。母はくろうしたけどね。そうだろうね。きっと。
その友人も、沖縄の那覇に住んでいた子供のころは、ドルを握り締めてお父さんの泡盛を買いにいった。
米軍基地のフェンスの下に穴を掘って、忍び込んでは、米兵の子供と遊び、見つかりそうになったら、米兵の家族にカツラをかぶせてもらい、アメリカ人にカモフラージュしてもらって、守ってもらったらしい。
これもすごいエピソードだ。ほんとは、人と人の間にはひどいことばかりではないはずなのに、仕事として
兵隊になると、人間をすてさってしまうように思う。
人間をすてないと人間の命は奪えない。
多くの人間でない生き物が、今も人間を襲っている。イラクでパレスチナでレバノンで。
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2006年05月06日
忘れないためのメモ書き
●「ナージャの村」5/5/13~5/19 (第七芸術劇場)
1997年/日本/118分/サスナフィルム
<時間> 『ナージャ・アレクセイの村、今』 同時上映(20分) A.M.10:30~ P.M.12:55
<料金> 前売り2プロ 2,000円 /当 日 1,200円均一
●『アレクセイと泉』 5/20~5/26 (第七芸術劇場)
2002年/日本/107分/サスナフィルム
<時間> 『ナージャ・アレクセイの村、今』
同時上映(20分) A.M.10:30~ P.M.12:45
<料金> 前売り2プロ 2,000円 /当 日 1,200円均
●「憲法と沖縄を考える」大阪集会
マスコミ九条の会・大阪、関西マスコミ九条の会 主催
日時 2006年6月3日(土)午後1時30分~
会場 アピオ大阪 3階301号室
(JR環状線、地下鉄「森ノ宮駅」から南西へ徒歩5分) →会場地図
お話 西山太吉さん(元毎日新聞記者)「沖縄『密約』問題と憲法9条」
土江真樹子さん(元琉球朝日放送ディレクター、『告発』『メディアの敗北』)
資料代 1000円(学生500円)
主催 マスコミ九条の会・大阪、関西マスコミ九条の会
問い合わせ先 マスコミ九条の会・大阪06-6881-1088(西山)
●見る、視る、観る、感じる、考える
映画 「六ヶ所村ラプソディー」「ヒバクシャ」上映&鎌仲ひとみさん講演会
最終更新日: 2006/04/30
6月3日(土) : 「六ヶ所村ラプソディー」&鎌仲ひとみさん講演会
1回目上映・講演 午後2時~5時10分
2回目上映・講演 午後5時40分~8時40分
6月4日(日) : 「ヒバクシャ」上映&鎌仲ひとみさん講演会
1回目上映・講演 午前10時10分~午後1時10分
2回目上映・講演 午後1時40分~4時40分
場所 こうべまちづくり会館
案内:http://www.kobe-toshi-seibi.or.jp/matisen/4kuukan/kaikan.htm
JR・阪神「元町」駅西口下車 徒歩10分
神戸市中央区元町通4-2-14
TEL:078-361-4523
料金 各日とも1,500円(参加協力費)
*メール申し込み、チラシ持参は1,000円
問合 市民社会フォーラム
Eメール:NQC41966 [peace] nifty.com(" [peace] "は"@"に置き換えてください)
主催 「六ヶ所村ラプソディー」「ヒバクシャ」上映&鎌仲ひとみ監督講演・神戸実行委員会
投稿者 pianocraft : 23:09 | コメント (3) | トラックバック
2006年01月26日
マガジン9条「中川敬さんに聞いた」を読む

満月の夕 SOUL FLOWER UNION
1995年10月1日キューン・ソニー・レコード
マガジン9条は水曜日に更新されるが、先週に引き続き、ソウルフラワーユニオンの中川敬さんがインタビューに答えている。彼は、阪神大震災の時に結成された、ちんどんバンド「ソウルフラワー・モノノケサミット」の活動について振り返っている。
インタビューではこんなことを語っている。
震災後に本当に自分達が歌うことが受け入れられるのか?という不安があったが、あるオバちゃんが歌をきいて「やっと泣けたわ」といわれた事が、必要性を確信させた。
彼らは、人のそばに寄り添いたいと思ったに違いない。
そういうノリで、フィリピンのスモーキーマウンテン、パレスチナ難民キャンプ、東ティモールなどでライブを
行ってきた。
本当に戦争の廃墟と震災後の廃墟は映像的にダブル。人の手によっておこなわれたものか、自然の莫大なエネルギーによるのかは、天と地ほど違うけれど。
この人は、「非戦音楽人会議」というものも立ち上げている。
彼の作った「満月の夕」は名曲だ。あまりにも有名な震災ソングでもある。しかもわたしも愛唱してる。
「満月の夕」の歌詞は続きへ
満月の夕
風が吹く港の方から
焼けあとを包むようにおどす風
悲しくてすべてを笑う
乾く冬の夕べ
時を越え国境線から
幾千里のがれきの町に立つ
この胸の振り子を鳴らす
今を刻むため
飼い主をなくした柴が
同朋とじゃれながら道をゆく
解き放たれすべてを笑う
乾く冬の夕べ
ヤサホーヤうたがきこえる
眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ焚き火を囲む
吐く息の白さが踊る
解き放ちていのちで笑え
満月の夕べ
星が降る
満月が笑う
焼けあとを包むようにおどす風
解き放たれすべてを笑う
乾く冬の夕べ
ヤサホーヤうたがきこえる
眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ焚き火を囲む
吐く息の白さが踊る
解き放ちていのちで笑え
満月の夕べ」
(作詞:中川敬)
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2004年12月21日
MTアップデート テスト
MovableTypeのアップデートをしてみましたが・・・・失敗か・・・・
投稿者 pianocraft : 01:38 | コメント (1) | トラックバック
2004年09月18日
スパム
昨夜は、このblog日記にスパム対策を打つのに夜更かしして、肩をこらせてしまったのだが、今日(といっても日付は変った)は、仕事から自転車で戻り、すぐに体育館で、ひとっぱしりして、マシンで汗をかいて楽になった。
MTのこのバージョンはスパム対策が必要だ。日記に海外からのメッセージでコメントが入る。はじめは、本文もちゃんとあって、つまらん社交辞令で、あなたのサイトは有益だとか、好きだとか、一行くらいの英文で書いてあり、サイトのアドレスがかかれているといった類だった。
数もぼちぼち消していくので間に合っていた。
だが、徐々に増えていったために、IP禁止という最初の行動にでたが、その後に入ったものが
今度は、HPアドレスとやたらと列記する。一つの題にいくつも同じコメントを入れる。数も二桁になって、嫌気がさしてきた。
ので、昨夜、ほかのブログサイトを参考にいちおう手を打った。いまのところ着てないけど。昨日は、それをやってる最中もあたらしいのがきてたり、当たり前だがIPアドレスを変えてやってくる。
とりあえず、電脳の海に泳いでいる(いや漂流かも・・)端くれとしては、いろいろもいらいらもあるね。
投稿者 pianocraft : 00:31 | コメント (0) | トラックバック
2004年08月21日
祭り、行け!ちんどん隊
金曜は、ちんどん屋と化した。白粉でメイクして、ちんどん太鼓、ピアニカ、パーランク、風船動物作りと列をなしてね。
大変な人手の祭りの中で、大道芸の時間をお知らせするために「ちんどん隊」は出動した。
小さい子供が、おとうさんと近寄ってくる。「さんぽ」や「あんぱんまん」「どらえもん」など吹きまくっていると、嬉しそうにしてくれると、なかなか楽しい。
別の自分になって、はじけていると、芸人になった気になるな。ちんどん太鼓も、小さい子にたたいてもらったり、一緒に遊んだ。
やっぱり、音楽は演る方がええね。どんな音楽も、舞台も。人に向けて演奏する、聞いていただくというのは、嬉しいものね。
また、この夏、さぼっていたホントに好きな音楽に戻りたくなってきた。さぼってばかりだけど、本当は、自分の一部なのに。
夏の祭りもそろそろ、終わりに近づいた。祭りというのは、いちがいに宗教的祭りばかりでなく、
楽しみとして作り出された、ものもあり、華やかさに気持ちが惹かれる。
もう、夕暮れには、ふと冷たさも含まれた風がやってくる。
空のいろが、すこし遠くに青さを感じる。
そういう風に季節がかわりかけている。
投稿者 pianocraft : 23:06 | コメント (0) | トラックバック
2004年08月01日
盆踊る
台風がやってきて、祭りシーズンの各地域は気をもんだであろう。
とはいえ、ピアノクラフト近辺でも、この7月31日、8月1日がまつりだった。
盆踊りというのは、自然発生的にみんなが輪になって踊っているのではない。必ず、地域の女性役員かなんかが、練習の上、盛り上げ役を買う。
ご多分に漏れず、盆踊りを練習した。ダンスだって、あんまりやらないほうだが、この祭りの2日間は踊りまくる。
好き好んで・・・・ではないのだが、どうせ踊るなら、機嫌よくやりたいものだ。だが、つくづく思ったことがある。テジョンは「盆踊りは顔がわろてへんから、おもろない」なるほど、練習のときも、振りを覚えるのが精一杯というのもあるけれど、なれた人も、楽しげな顔で踊ってない。
へんな踊りだ。祭りの間も、年取ったおばさんも頑張って、何度もぐるぐると踊りつづけるのには、感服したが、たんたんとした表情。にこにこしてたら、ヘンなのか?と思うくらいだが、自分としては、スマイルを心がけた。
今年は、でも、一般の踊り手もなかなかユニークだった。わかいお兄ちゃんが、4~5人で一生懸命人の振りみて、覚えもって、踊りのわに入ってる。また、小学生の男の子が、仲間に冷やかされながらも、これまた、人の振り観て一所懸命、覚えて踊っている。冷やかしてた子もしまいに、一緒にやっていたりと、盆踊りブームなのか?とも思えるような、若い顔も合った。
いろんなダンスが、あり、ヒップホップと同列に盆ダンスもあるって感じは、なかなかいいね。
和風ブームや、ゆかたのはやりもあって、祭りは、台風一過、大賑わいだった。
神社を中心とする、信仰的な祭りでなく、お気楽な、ただ物見遊山の、祭りがあってもよいだろうな。
けれど、若干、人が多すぎると、しんどくなるな。この、集団の意志は何なのか?って。棒政党の議員の顔が見えたりすると、余計、なんじゃ~。と思ってしまうしね。
大切なのは、集まってみて、あ~こう言う人が地域には住んでるんだな・・・と思うこと。色んな人の上に、行事がなりたち、協力体制の上に、お互いの生活は守られていると。身近にもつながりはひつようですね。
投稿者 pianocraft : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2004年06月23日
ランニング
昨日と続いての仕事館勤務終了。ここへくると、一日カンズメになるので、どうも、帰ってからぐったりとなる。いつもより1時間くらい早起きしてるせいでもあるけど。
そんな中、気分に逆らうようにジムに行った。でも、夜は混んでいて・・・ランニングを中心にした。ランニング、ウオ-キングするなど、有酸素運動を15分おこなうことで、自分の食べたエネルギーがやっと消化される、それ以上の時間をつづけてやっとトレーニングということになる。らしい。
なので、ウオ-キングを15分していたら、なんだか走りたくなってきた。走れるか自信が少しなかったけれど、走ってみると予想外に楽しく、10分も走りつづけてしまった。もっといける、もっといけるってな感じで、どんどん先に行きたくなる。
かつて、中学生のころ、短距離を走っていた。かげろうのたつ夏のグラウンドの茶色の風景をいまも思い出す。砂色のあつい、場所に立って、ただただ前に走る。
考えてみれば不自然な行為だ。明るい昼間には一切運動をせず、夜になって照明のともる体育館でもくもくとぐるぐる走る。なぜそんなことがおもしろいのか分からない。
でも、走りながら、思考はすきなところに飛んでいく。とても、ストイックに鍛える、自分を締め上げる行為をしているようで、実は、解放された感じがする。
肉体と精神のバランスとかなんとか、よく聞かされたものだが、ちっとも運動しなくったって健全な思考は存在する。大事なのは、脳みその解放の仕方だ。じっと物思いにふけってぐるぐる頭のなかで考えてあそんでいるのと、カラダを動かしながらそうするのとの自由度の差である。と気が付いた。
一瞬、自分が自分の肉体をもコントロールしている錯覚に陥る。脳みそは、指示を出してはいるが、勝手にしてくれている働きも多い。オートマチックな体である。
本当は、ぐっとつらい、イラクの話もうんと読んで、暗くなっているのだけど、むしろこんな、気楽に安全にここで暮らしていること自体にいらだちを感じる。
実に平和な人々のそのうちの一人だな。ダンベルを何度も上げ下ろして、美しく鍛える男達。
どっからみても、安穏とした空気。そのこと自体にいらだつ。
投稿者 pianocraft : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2004年03月21日
本人だけ知らない
このブログをはじめてから・・・らしいのだけれど。トップページの表示がおかしくなってしまっていたのでした。
知らぬは本人ばかりなり・・・・ってことで。変やで~と聞いてびっくりでした。気になるところはあったのだけど、画像がみんなだめになっていてすいませんでした。うちのHPを見た人はわけがわからんかったでしょうね~
修正を試みました。また不思議なところをはっけんしたら、ご一報ください、。
というわけで、ご報告日記終了。
投稿者 pianocraft : 02:31 | コメント (1) | トラックバック
2004年02月17日
またもやひどいアレルギーが
なんだか、黄砂が吹いて、車や窓がやたらと汚れる季節となった。といっても、車をまめに洗う方ではないので、しば~らく汚い車のまま走っていることだろうが・・・・
こういった季節は、やはりアレルギッシュな(?)季節なのである。
一年中なんかのアレルギー反応をおこす私である。アレルギー剤を手放せないのだが、ちと症状が薬の力に負けているようで・・・抗ヒスタミン剤も服用するにもダメ。後は、薬を変えてもらうしかないなあ~
春の訪れとともにやってくるもの・・・あとは~
道路工事。
今日も、神戸方面に仕事に行った。43号線、2号線、もどこかで工事が入っている。車が詰まる、神戸は結構平行していろんな道が東西を走っているので逃げる。
だが、住宅街にいたるまで、通行止めの工事が待っていた。こちらは、迂回路。ぐる~んと坂道をあがって大回りする。
何か、迷路を行っているようだ。ドンつきにあたるたびに曲がる。ぐるぐる回る。
うんと山側におおまわりして、なんとか、渋滞とはおさらばした。けどな~やっぱり年度末かい?やたらと道路ほりくりかえすのは・・・・
年度末の車の多い時間帯にやめてほしいな~
と、今日は、なかなかツキのない日でもありました。未だ、鼻水出るし、鼻の下赤くなって痛いしね。こんなん書いてると、BBSに漢方のCMはいったりしちゃうんだ。
でも、早く暖かくなあれ。
投稿者 pianocraft : 23:03 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月31日
Blogできない日々
日々、仕事、病院。である。その間に自分の住む町の用事もしなくてはならず、そうそう、まだあった。今度の日曜はテジョンの二胡の発表会であった。
伴奏をすることとなった。急遽。二胡+ピアノ。
ピアノというのは、ご存知のとおりわたくしたち、ピアノ調律師が調律した音階にもとずいて黒鍵と白鍵との間の音が弾けないという楽器であるが、それに比べ、二胡という楽器は2弦がすべてで、どんな隙間の音もそのなかに詰まっている。
しかも、西洋楽器のバイオリンやチェロなどのように、指板が無い。サオはあるが、弦は宙に浮いており、ひものような部品で固定されているだけなので、駒との間がすべて共鳴弦なのだ。
指板がない。と言うことは、実に音をコントロールするのが難しいということに通ずる。
ビブラートを掛けると簡単に音が変化する。
ピアノの伴奏をしてみて、ピッチの正確さを保持するのが二胡の人は大変だ!と思った。つくづく。
ピアノ奏者というのは、自分で自分のピッチを作らないから、案外、音の狂いに鈍感な人もいるのだ。信じられないようなことだが、自分のピアノをちゃんと管理しないピアノ教師もいること
も事実だ。
困ったもんだ。
でも、違う楽器と演奏するのはホントに楽しい。
投稿者 pianocraft : 00:29 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月21日
救急車・非日常

カプチーノマシン
タイトルと全く関係ないけど、このカプチーノ用あわたて器はなかなかの”ヒット”であった。これで、抹茶ミルク、ココア、もちろんコーヒーもミルクがあったかくても、冷たくても、あわ立てていれると、ちょっとグレードUPしたプレミアムドリンクが作れる。980円なり。500円ショップにもあるらしいが、性能は定かではない。こんな風にちょっと、一息するのも嬉しい。
なのだが、1昨日から病院通い。身内のためなのだが、ついに昨日救急車で搬送されて入院してしまった。入院した方が安心なのだが。
救急車にのるのは何度目かなあ?1度は、追突されたとき。2度目は、こどもが車に轢かれたとき。3度目が今回。緊急性でいえば、2番目がいちばんこたえたが、今回は冷静に内部を観察してみた。だが、あっという間についたのでたいした収穫もなく・・・
とはいえ、乗り心地は悪い。ワゴン車なのだから仕方ないのかもしれないが、いろんな医療機器、天井にも、壁にも、いろいろ。なかから見る風景も、いつになくみんな車がよけて不思議な感じだ。
事故などでないので、付き添いも冷静である。本人もね。事故は嫌だ。人間はなにか尋常でないことが起こると、興奮してしゃべりまくってしまうときがある。
ヘンな高揚感があり、自分が当事者であるイレギュラーさに自分自身がコントロールできない。事故のあとJAFの人とクラッシュした自分の車を引っ張ってもらうときに、世間話をやたらしたなあ。また、こんなこともあった。震災後被災したところから、大阪に仕事場が気になってきた社長さんも、日ごろは顔をみてもシャイな挨拶しかしない人なのに、他人にどんな状況だったかまくし立てる。人間のこころの平衡感覚がくづれたときってなことかね。
パニックにならないよう、しないとな。心がけてもしょうがないような気もするが・・・・