2011年11月02日

東北の地に~河野さんとの繋がり~

11月10日より、東北の地へ旅立つ。ボランティアに行くという感じでなく、仲間とともに演芸や音楽を届けに(押付けに)行くのだ。

この行程を決めるのに、東北にネットワークを持っていない私たちはつい、先週までどんなボランティアもするぞ!と思い当たる団体や社協に連絡をとったりしていた。
できたら、演芸や音楽もして、交流したいな・・・と思っていたおり、たまたま東京から来阪していたジャズピアニストでピアノを世界各地に贈り、演奏活動を続けておられる河野康弘さんが、ウチに連絡をくれた。

そして、河野さんのネットワークで福島県南相馬市、宮城県石巻市、仙台市と演奏の機会を与えてもらうことが出来た。本当に、感謝!!

その河野さんと現地でも合流するのだが、それ以外でもずっと地道に各地の避難所や仮設など訪問を続けている。この度は、反原発のためのコンサートを開かれる。

詳細は以下の通り。
地球ハーモニーからの御案内

1、河野康弘「浜岡原発10キロ圏内 ヒバクピアノコンサート」
2、浜岡弁護団とハイロー会牧之原 横山昭一
3、貴方の街で「河野康弘ヒバクピアノコンサート」開いてください。

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1、河野康弘「浜岡原発10キロ圏内 ヒバクピアノコンサート」

会場となる「い~ら」は浜岡原発から直線距離で8キロの位置にあります。
今、福島ではこの範囲に人影はありません。誰も手入れしない町並みはどう
なっているのか、飼い主と別れた家畜やベットはどうやって命をつないでい
るのでしょう・・
ハィロー会企画第一弾!は東日本大震災被災他の人々を、ピアノを通して
応援している「ジャズピアニスト河野康弘さん」のコンサート!!
今回はどんな「音」を聴かせてくれるでしょう。
●日時:11月6日(日)19:OO開演
●会場:相良総合センター「い~ら」IF活動室
●チケット:前売り1500円 当日1800円
●出演:河野康弘(ピアノ)
●主催:ハイロー会牧之原
●問い合わせ:横山090-7614-6640 begin_of_the_skype_highlighting 090-7614-6640 end_of_the_skype_highlighting
☆ハイロー会牧之原は、浜岡原発の運転終了、廃止等の実現のため
に結成された浜岡弁護団の扇動を応援していきます。


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2、浜岡弁護団とハイロー会牧之原 横山昭一

3.11の被災は、東北地方は勿論だけれど、ポクの頭にもかなりの衝撃を残した。
特に原発の問題は、関心はあったけれど今回改めて、知らないことはかりだっ
たと反省しました。
この夏、友人に声をかけてもらい、浜岡原発の廃炉訴訟の原告の一人にさせ
てもらった。原告も含めて100人以上の弁護士さんか関わっている大きな訴訟
です。とは言え裁判でポクにで出来ることは少ない。「何かしないと・・」と考
え、ハイロー会で企画をしなから、弁護団のサホーターを呼びかけることにしました。
年会費3000円です、旨さん是非∃ロシク!
詳しくは浜岡弁護団のホームページをご覧ください,
http://www.hamaokaplant-sbengodan.net/

3、貴方の街で「河野康弘ヒバクピアノコンサート」開いてください。

日程、費用など、相談に応じます。
問い合わせ、申し込み info@wahhahha.com (地球ハーモニー)
地球ハーモニーHP http://www.wahhahha.com/index2.html河野康弘HP http://www.ne.jp/asahi/wahaha/wahaha/

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2011年06月17日

ポポポポンを聞くと思い出す。

TVをつけている時間は、少ないけれど。たまにつけたときに、ポポポポンのAC広告がふいに流れて「ドキッ」とするのは何だろう。

一日中、映像に圧倒されていた日々と、繰り返されたACの映像や音声がセットで記憶に畳み込まれているに違いない。

音の情報は、強烈に情景を思い出させる。

あのウタを歌っていたであろう声の主が他のコマーシャルで歌ってる声にも反応してしまう。
あまりにも明るいイメージの絵ずらとともに、恐怖が蘇ってくる。

どんなにも、東北の人々が喪失感をもって、また、核に汚染された場所では理不尽な思いで、すごしているのだろうかと想像してもしきれない。
けれど、生きなくてはならない。その重さを一緒に感じますから・・。

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2011年05月21日

ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)!!

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小那覇舞天CD
沖縄戦の後、生き延びるのに必死の人々の前に、舞天という人は毎晩現れました。
「ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)」と叫び、三線をかき鳴らし、へんてこな琉球舞踊を踊るのです。

舞天がある屋敷を訪問したとき、家のなかに位牌(いはい)(亡くなった人の霊(れい)をまつるため、お坊さんに付けてもらった名前を記す木の札(ふだ))があり、家主(やぬし)は涙を流していました。家主は舞天にいいました。  「どうしてこんな悲しいときに歌うことができるの? 多くの人が戦争で家族を失ったのに! 戦争が終わってからまだ何日も経っていないのに、位牌の前でどうしてお祝いをしようというのですか?」  すると舞天は答えました。  「あなたはまだ不幸な顔をして、死んだ人たちの年を数えて泣き明かしているのか。生き残った者が生き残った命のお祝いをして元気を取り戻さないと、亡くなった人たちも浮かばれないし、沖縄も復興(ふっこう)できないのではないか。さあ遊ぼうじゃないか」  彼の言葉に家主の表情が変わりました。
伝えたいふるさとの100話より引用 

命のお祝いという言葉。そして、魂の歌。どんな悲しい時も、辛い時も沖縄の人々が手放さなかった三線。

舞天さんは、その後も人々を笑わし、歌わせて元気を与え続けました。

今、東北は哀しみのどん底ですけれど、ブーテンさんの言うように命のお祝いをし、祝福された命を大切にすりへらさぬように大事に生きていってください。

現代でも、そんな意思をついだ「うたのお祝い」を、BIGINが行っています。
うたの日コンサート2011」は、6月25日石垣島で行われます。無料です。
今年のうたの日によせて、BIGINの比嘉さんはこういいます。

どうすれば悲しみを分けてもらえるのか?悶々とした日々に歯をくいしばるだけの毎日です。しかし、戦後沖縄でそうした様に、祝いからはじめてみようと思います。 誕生祝い、結婚祝い、退職祝い、そして入学祝い。暮らしの中でお祝いは嫌でも巡ってきます。 それを少しずつ自分の為には出来なくても、家族や仲間の為なら1つずつ、繰り返すことで元気になれると信じています。

うたの日はみんなでつくり参加するお祝いです。震災のチャリティーコンサートにはしません。
なぜなら被災地からも仲間がくるかもしれないからです。扉は全部あけておきます。6月25日僕らは石垣島にいます。

石垣島のナミイおばあ(90歳になりました!)も元気です。おばあが言いました。
人はみな頭の上にカミサマを乗せている。カミサマを喜ばせないかん。と。

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2011年02月03日

ブルース!

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シンディ・ローパー/メンフィス・ブルース

音楽を聞かない時は、うんと聞かない。
楽器を弾かない時は、うんと弾かない。

また、ブログを書かない時もそうですがね。

時折、干からびるまで自分を放っておきたくなり日々を過ごす。この間にはもちろん別のことはぼちぼちやっていたり、ボーっとしてたりと放し飼いにしている。

そして、久し振りにシンディ・ローパーがブルースを歌うCDを出したので引きつけられるように買っていた。
うん、聞いてみたら「いいね」の感じで、なんだか浸っている。
ブルースのレコードは沢山あるのだけど、盤をまわすこともほとんど今はなかった。
バックのミュージシャンもアラン・トゥーサンなんかが参加してたりして、そのピアノの音も好きなのだ。若いときから、ばあさんになってもブルース・バンドしような~と言っていたことをまた、思い出した。

干からびそうだったので、とても入り込んでしまい。
ワイルドで、ロックっぽいブルースを歌うシンディーの声がすてきだ。

さて、また始めようかな。

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2010年12月02日

今年はいちだんと・・・上原ひろみ

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11月30日サンケイホールブリーゼでStanly Clark Torioを聴きにいく。
約一年に1回、魅せてくれる上原ひろみちゃん。今年は、大御所とのツアー。
2009年に発売された、「JAZZ IN THE GARDEN」の感じで演ってくれるか行く前から期待大だった。

このギグは、期待を裏切らず、それを遥かに越えたパフォーマンス!圧倒された。
それには、ちょっぴり訳もある。抽選で手に入れたチケットが、A列左手で、ひろみちゃんを下から眺める位置。ソロが絶好調になっていくと、強烈なトリルや連打を繰る返し、それと連動するように右足が小刻みにリズムを刻んでいく。
激しさを増して、ゲンコツ、肘打ちを繰り返した後、ぐっと後を振り向いた歯をむき出した、「がおっ」という顔を拝めてホントに幸せだった。

しかし、スタンリー・クラークのファイト溢れるソロは、素晴らしかった。
若いひろみちゃんとずっとツアーに出ていて、疲れを知らずというか、よりパワフルに
なったのだろか?打楽器のようにアップライトベースのネックを上から、駒の下まで縦横無尽に使い切り、時には美しいボーイングも聞かせてくれる。

二人の駆け引きにレニー・ホワイトの渋いドラムが絡む。

ジャズトリオの演奏として、こんなにエキサイティングな経験はなかったわあ。
とてもとても、素敵な、いや~良かったわあとしかいえない演奏だった。

毎年、違う姿でパフォーマンスするひろみちゃん。来年は、どんな感じなのかしら?
ソニック・ブルーム、ソロ、トリオ、さて、次は何するのかな。
実に楽しみな人です。

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2010年11月09日

琉球フェスティバル 大阪

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始まる前のステージ風景

琉球フェスティバル・・・存在はずいぶん前から知っており、何人か行った人も知っているけれど、初参加!!

所属する三線サークルの仲間と一緒に沖縄音楽祭りを楽しんだ。

オープニングは「オモトタケオ3」を発売したBIGINが飾った。約3000人のお客さんが大阪城野音にあつまり、BIGINの登場であちこちから指笛が響き渡った。みんな上手やねえ。

若手から大御所へ、ポップスから民謡へどんどん進み、大工哲弘先生の歌も素敵だった。でもBIGINとセッションで歌った「ガジマルオジー」、民謡の節でほのぼのと歌う姿は一段といい感じ。沖縄でしか放送していない番組で「沖縄ホームソング」という企画でNHKみんなのうたのような子供の歌なのだが、作曲がBIGINのギタリスト島袋さん。
歌詞も良かった。参考HP http://homesong.seesaa.net/article/47327669.html

もちろん、知名定男さん、息子さんのステージも素晴らしい!!

最後はりんけんバンド。

私としては、シンセの入ったサウンドよりも、シンプルセットの民謡が好きだった。
フィナーレは、お座敷も最高潮に盛り上がって、六調、奄美六調、唐船ドーイと踊りまくって楽しかったです。

14時半からスタート、19時こえての終演。長く感じない楽しい時間でした。

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2010年10月01日

車椅子が踊る! まわる!

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スタッフ ベンダ・ビリリコンサートのフライヤー

いやあ~。一緒に踊った、踊った。コンゴのストリートミュージシャン、カンヌ映画祭でも観客を躍らせたビリリ達。驚異的なダンサーでシンガーでラッパーでミュージシャン!彼らの映画を見たいなと思っていたら、来日公演があることを知り、実際に音楽を体感することが出来た。(30日の堂島リバーフォーラムでの公演)

自転車部品を組み合わせて作った自家製の車椅子に乗って、動物園に住むホームレスの障がいもある、ストリートミュージシャンだった、スタッフ・ベンダ ビリリのメンバー達。コンゴのキンシャサで、すばらしい手づくりの楽器も使い音楽で人々を楽しませる。どんな音楽?どんなパフォーマンス?興味津々だった。

彼ら自身が、車椅子にのったパフォーマーなので、コンサートの最前列は車椅子席。
障がいを持った人たちの席となっていた。対バンのサカキ・マンゴー、ソウルフラワーモノノケサミットにもファンがついていていつもながらに熱狂的だったが、今夜の主役は、はるかにそれをしのぐ勢いで、会場の全ての人々を魅了し、飲み込んでしまった。

ストリートで歌われる唄は、日常の教訓もあり、愛の歌もある。コンサートで歌詞の訳を表示してくれるのでメッセージがよくわかった。彼らにとって、歌が生活の一部であることが歌詞をみるとよくわかる。小児マヒで動かないところもあるけれど、心は、強く正しく生きようとする。ベンダ・ビリリの意味は、「内面をみよ」という意味らしい。

それに、お客さんを乗せるのも上手!!
前から3列目の好位置で参加したので、最前列の障がいをもった人たちの熱狂したダンスがとても楽しく、ビリリたちもよくそれを見ていて、笑顔や握手をお互いの車椅子ごしに交わす人も多かった。勝手に他人の車椅子を押してダンスする人や、じっとしてる車椅子の人を引っ張り出すなど、踊らな損!てな感じでずっと、オールスタンディング。

彼らの演奏は、もちろん素晴らしい。手づくりのドラムセットには、厚手のくりぬいた木に貼った皮のドラム3つと、竹、空き缶と木箱のような、ベースドラムがセットされていた。そして、ロジェという最年少の障がいはないけれど子供時代から彼らに救われた青年が使う楽器が一弦ギターのような楽器。
アンプを通して、メロディをなぞったりするのだが、強烈な音でとても面白い。シンプルな楽器なのに多彩な表現ができる素晴らしいミュージシャンだ。

コンサートを逃した人は、映画をどうぞ。私も未見なのだ。
公式サイトは、こちら http://bendabilili.jp/movie/index.html
大阪の上映は
梅田ガーデンシネマ
■10月2日(土)~10月 8日(金) …………… 9:50 (~11:20) / 17:15 (~18:45)
■10月9日(土)~10月15日(金) …………… 10:00 (~11:30) / 20:50 (~22:20)
※プロジェクター上映、本編から上映。

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2010年09月10日

八重山のキラキラした高校生

NHK BS2で今夜放送された、「熱中スタジアム」を観た。
番組内容は、HPに詳しくUPされている。
とてもすてきな内容だった。

八重山農林水産高校の子供達。郷土芸能部では、民謡を踊り、三線を弾くのが好きで好きで仕方ない。

石垣島にある、この高校生達の生活は、部活だからではなく民謡が生活に密着している。部活が終った帰り道、お父さんを見つける子。ハーリー(伝統的な祭り)の準備をしている姿。八重山は歌の島ともいうが、祭りもまた多い。

そんな生活は、私の日常にはなく・・。やっぱり、ぐっと惹きつけられる。
高校生ってこんな顔してたっけ?意外な感じをもつくらい美しく、キラキラ輝いている。
若い彼らの張りのある、歌声も、合いの手の声もすばらしい。
三線がごはんより好きという、体格のいい男の子。

楽しい、観てる聞いてる人たちを喜ばせるためにやるんだという部長の言葉も本当の音楽のありようを考えさせられた。
人は、なぜ歌うのか。音楽はまず自分の中から生まれるものだと。

途中で、紹介される「ゆんた」を田んぼで歌っているシーンがいい。
労働歌である「ゆんた」。この歌が民謡のルーツになるようだ。
男性と女性、掛け合って仕事する。

黒人音楽で綿畑で生まれた「コールアンドレスポンス」を彷彿とさせる。
生活から歌は生まれる。

ラジオやCDやネットから流れる音楽だけが音楽ではない。

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2010年06月22日

マリア・マルダー いい感じ。

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マリア・マルダーの大好きなアルバム「オールド・タイム・レディ」

ビルボードライブにマリア・マルダーとダン・ヒックスのライブへ出かけた。

懐かしい、古いジャズの味を出せる人、場末の感じがかっこいい人はそうはいないかもしれない。
舞台に現れただけで、ここが大阪の真ん中であることもふっと忘れる。

長年の音楽友と、楽しんだ。あやしい、ダン・ヒックスの動きやスキャットのやりとり演奏の楽しさは、ジャズの張り詰めるアドリブの応酬も楽しいけれど、今日のようなゆるいけれどばっちり、決めるところは決める楽しい、にくい味のライブも大好き。

若い頃に、聞き込んだ大好きなジャンルは、無条件に心をひきつける。
確かに、はりのある高いファルセットはもう、枯れてしまったけれど。迫力のあるブルージーな声は年なりの迫力も感じさせる。

年をとっても、おじいさん・おばあさんになっても音楽をやる側でいつづけること・・・この目論見はいつも変わらない。よし、やろっと。

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2010年06月18日

多国籍です。

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2010年6月16日毎日新聞「ひと」欄掲載
ジャナグルJr.と高橋朋子さん

先週、ジンバブエの子供達と茨木や高槻周辺をお供して、すばらしいジンバブエの伝統音楽やあまりにもキュートな子供達のダンスにまいってしまった!

このグループは、ジャナグルJr.という。代表でプロデューサーの高橋朋子さんと昨年、初めて出会い今年こうしてコンサートのお手伝いをしたり、交流できて本当に幸せな時間だった。

そういえば、昨年は石垣島のナミイおばあと散々遊んでいたのだっけ。
6月というのは、何だか毎年賑やかだ。

高橋さんと言う人は、肝っ玉かあさんというか、親分といった感じのふところの深い女性で、大きさを感じる。大きな声で笑い、かわいい子供達の日本ツアーを支える力強いひとだ。
今も、ツアーは続く。彼らは、時には自炊しながらハードなツアーを大きな楽器などの荷物を持ちながら移動している。

子供達はとても疲れていても、大勢の人前にたつと、自由な譜面のない音楽を始める。ダンスもとてもいい。命の息吹きを感じるような素晴らしい動きに躍動感。
きらきらとした目。美しい肌。

彼らは、北海道までまだまだツアー中。機会があれば是非どこかで彼らに出会って欲しい。

ツアースケジュールはこちら


そして、全く違う世界の住人。アメリカ人の青年パフォーマーのホームステイを3泊受け入れた。彼らは、ヤングアメリカンズという集団で、日本の子供達にダンスや歌などのミュージカルを一緒に短期間でワークショップして交流している。急な話で、彼らの休憩できる場を提供することに徹したが、彼らは、ハードなロードを繰り返しており、3ヶ月の日本ツアーをホームステイを繋いで行っているらしい。

音楽とはかかわりの深い我が家なので、ひと遊びもしたが、何だか日本の文化や家庭を体験したいという文化交流のスタンスで来ているというより、アメリカの音楽文化を伝える立場できていて、半ばプロのような若者なので何だか感じが違った。
ジンバブエの人たちと遊んだ翌週なので、うんとアジアやアフリカ寄りの感覚でいるのでアメリカの若者の、スマイルやテンションに少々違和感を覚えた。
彼らのショーにいけなかったけど、唯一我が家で行けた家族はとても素晴らしいショーだったと言っていたので、よいものを創っているとは思う。

彼らに何の罪もないのだけれど。親近感は、ジンバブエの子達に偏ってしまった。
彼らもまた、日本に8月末までツアーを行う。そのたびに違う家庭にステイしていくのだ。誰よりも日本人家庭の色々バラエティをしってる彼ら。
特殊な人たちだ。

2つの日本ツアーグループに2週にわたりかかわり、全く違う感覚や、距離感を感じたというのも面白いなあと思う。少々、疲れましたが。

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2010年02月27日

沢知恵さん、韓国凱旋コンサート

沢知恵さん・・。何年も前に、精神障がいの方々のNPO法人の主催で出演されていた聞いた歌声。ココロに残っていた声。

新聞で、韓国公演の凱旋コンサートを生野区のKCC会館で開くという記事を見た。
思わず。「行かなくちゃ・・。行こう!」と思い立った。
彼女は、父は日本人牧師、母は韓国人という所謂ハーフの人だ。ただ、育ちは韓国・日本・アメリカと色んなところなので、音楽的バックグラウンドも色々な素養がある。
沢さんは、以前から知っていたのだけど、どんな歌をうたおうとしているのか最近までよく知らなかった。

特に、茨木のりこさんの長編叙事詩を70分のピアノ弾き語りで行った「りゅうれんれんの物語」の活動や、アウンサン・スーチー解放のため、ミャンマー軍事政権に抗議するポエトリー・リーディング をおさめた「QUIET」など、メッセージの響く歌を歌うのを知ってとても惹かれた。

今日の凱旋公演も、94年に初めて日本人として韓国で音楽公演をした沢さんが、2月にサックスの中村哲さん、パーカッションの山口ともさんと共に、また韓国でコンサートを行い、そのツアーメンバーによるコンサートだった。すごい。バンドのかもし出す音は言葉がはっきり聞こえる、沢さんの歌声とからみ、より力強いメッセージを届けてくれた。時にココロがほだされ、時に高揚し、時に涙を誘う。色んな気持ちにさせてくれる幸せな時間と居場所を与えてくれて嬉しかった。

私も、友人達と秋に韓国にいく。友人の黄ちゃんのボランティア場所で、お年寄り・子供たちの前で歌で遊んでこようと計画している。
このなかに、今日沢さんが歌っていた、「朝露」を歌いたい。
1970年代、韓国民主化運動でシンボライズされた歌らしい。みんなが肩を組んでこの歌を歌い、団結したという。

いい出会いがまた。
よかった。

沢知恵さんのHPはこちら http://www.comoesta.co.jp/index.html

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2010年01月05日

BS世界のドキュメンタリー~シリーズ ソウル・ディープ ~

BS世界のドキュメンタリー(NHK BS1)で、イギリスBBC制作のソウルの歴史ドキュメンタリーを放送している。これは、再放送のようだが第1回、2回と観たが黒人の歴史もちゃんと説明しており見ごたえのある、音楽ドキュメンタリーとなっている。

第1回は、レイチャールズ、第2回は、サム・クックにじっくり焦点をあててそのときの社会背景。黒人差別の状況やゴスペルと対立するポップミュージックとしてR&Bが黒人社会では捉えられていたことが描かれていてとても興味深かかった。
今や、ゴスペルクアイア出のソウルシンガーは、当たり前で、修行時代的な捉えられ方をしているのに・・・だ。

レイ・チャールズが、ゴスペルをダンスミュージックのようにして不謹慎だと大反発を食らうのは、映画「RAY」でも描かれていたことだったが、それに次ぐ、スターであったサムクックももとはゴスペル・ハイウエイといわれ、地方教会巡業を行っていたコーラスグループのスターであったが、後にポップスを唄うようになって裏切り者のように言われている。
しかし、公民権運動が盛んになってきて社会的な歌詞を唄い始めたところで、謎の死を遂げる。映像で、ボブ・デュランの「風に吹かれて」を唄うサム・クックを初めて見たが、その歌のことを俺のことを歌っていると語っていたそうだ。プロテストソング。
歌は生きている。
明日もあさっっても楽しみだ。(もちろんビデオをまわしてる)

放送は、NHK BS1
第1回 ソウル・ミュージックの誕生(終了)
    1月4日(月)午後9:10~10:00
第2回 ゴスペルからソウルへ (終了)
    1月5日(火)午後9:10~10:00
第3回 モータウン・サウンド
    1月6日(水)午後9:10~10:00
第4回 サザン・ソウル
    1月7日(木)午後9:10~10:00
第5回 ファンク革命
    1月8日(金 午後9:10~10:00
第6回 ヒップホップ時代のソウル
    1月9日(土)午後11:10~翌0:00

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2009年09月06日

上原ひろみ ソロアルバム

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今年のツアーは、ソロで・・・
Newアルバム「Place to be」

猫のような風情のひろみちゃん。先日の東京JAZZのライブもNHK-FMで演奏を聴くことができた。映像の放送は、BS hiで9月28日(月)~10月1日(木)午後11:00~午前0:30 とあった。 これは、録画しないとね。

今年もこのアルバムのツアーを行う。アルバムを聴くといつもながらに、激しく、弾きまくるエネルギーあふれるピアノに心弾むが、タイトル曲「Place to be」の演奏でふっと懐かしく、切なくなるような美しさを感じる。ソロというのは、休むところがない。ギター・ベースやドラムのソロで一服できるということもなく、全力で音をつむぎ出す。
ピアノの能力というものをフルにいや、それ以上に叩き出すものを彼女はもっている。

魅了される音。

秋めいてくると、音楽がどっと溢れてきた。我が家の事情もあるのだが、ジャンルを超えたCDからの音、部屋によって違っている楽器の練習の音、歌声、弦もあれば、笛もあればもちろん鍵盤もあり。弦にも、洋も和も中もある。そうそうアイリッシュも最近あるな。

風向きが変わって家の中にふいてくる、涼しげな風の中にまざっていく音を楽しんで、時にはまじめに精進して練習する。
という事情で、音楽ドキュメンタリーも音楽映画もライブ映像もメインのTVでよく見る機会があって、音楽談義やら、コネタやらでなんやら濃い毎日を送っている。

そうそう、この間ローリング・ストーンズのドキュメンタリーをやっていて、その中でチェスレコードのことが映画になっていると知った。
大阪での公開は、これから。(9月12日から、梅田ガーデンシネマ)
これまたチェックしなくてはならないね。
ちなみにその映画は「キャデラック・レコード~音楽でアメリカを変えた人々の物語」
公式HPは、http://www.sonypictures.jp/movies/cadillacrecords/
ビヨンセが、エタ・ジェイムスの役をやっている。


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2009年07月10日

ナミイの唄とココロ

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2009.6.29 京都 ネガポジにて

実に不思議なご縁で、浪さんの関西ツアーをお手伝いした。
浪さんのそばにいた時間は宝物となった。

言葉も、ココロも一杯になり、中々書くことができなかったが、少しずつ・・・。

5月の初めての出会い(那覇のコンサートに聴きに行く)から、ひと月と少し。再び大阪で、浪さんと会うことができた。
実は浪さん、6月の大阪公演の前に大腿骨骨折をやってしまっていた。6月1日手術。大丈夫なのか?
といった状況で、不安を抱えつつも、石垣島へ行っていた今回の主催者、清水彩月さんからの「OK」の返事が来て本当にやってきてくれるんだ~~とホッと胸をなでおろした。

関西空港へ迎えに行きご対面、「あなたは那覇で会って、風のようにどっかへ行った人?」と「めずらしいさ~」確かに・・。あの時は、コンサート終了後の飛行機で石垣島へ飛ぶ予定だったので、あまり時間がなかった。だが、何故か今車を運転している私を見て、不思議だと思って当然だ。
そして、来る前に風邪をひいて、声がでないことをとても気にしていた浪さん。車の中で、発声練習を始める。すごい。このプロ根性。並みの89歳ではない。

こうして家来の時間が始まったのだが、明るく、おしゃべりの好きな浪さんは色んな昔の話、唄の話をしてくれた。浪さんの唄は、八重山や沖縄の民謡から、お座敷でよく歌っていたヤマトの流行り歌やら童謡、ときには「you are my sunshine~♪」と急に思い出して歌ってくれたりしてびっくりしたが、ともかくどんだけ知ってるのかわからん。

けれど、ライブで唄うときは、歌詞を大事に説明する。うちなー口の唄のときも、古い唄のときもその唄の主人公がどんな物語に生きているのか丁寧に話す。ナミイのデンサー節も、小さい時に辻町に売られた時からのストーリーを「今は泣かずに唄えるけどね」と前置きして唄い始める。

沢山の悲しい唄も、泣いて唄った。お座敷芸者、浪さんの唄は、プロの芸と思っていた、確かに「お客さんを喜ばせる」ことに心血を注いだ本当のプロだけど、それだけではなく、「唄って」生きてきた。ということの重みは、その唄の中にあるココロを伝える。とも言うべき魂に迫るものだった。

やはり、ソウル。ブルース。ゴスペルでさえある。私のずっと聞いてきたルーツの音楽。迫害された黒い人たちの魂の唄に惹かれてきたのと同じ感覚を味わった。
浪さんは、直接的に、苦しさを唄うわけではない。けれど、沖縄の人たちがどこへ離散し、移民になろうと唄を唄い続けて、歌詞も変異させて、自分のものとしてきた唄と三線の歴史を思うと、より隠された、強い思いがそこにあるように感じる。

唄はココロである。
ご先祖のカミサマは、それを守り、浪さんはいつも感謝と祈りをかかさない。
そうして、唄い続け、ココロを多くの人に伝え続けるナミイ。やっぱり大好き。すごい。

また、お会いしましょうね。遊びましょうね。
次の幸せな時まで、私は私の心を歌えるか試してみます。


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2009年05月24日

ナミイ! 関西ツアー

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5月10日那覇 (桜坂劇場にて)

ついに! 清水彩月さんのおかげで浪さんと大阪・京都で出会えます!!

偶然知った、那覇での出来事。巡り巡ったご縁で、清水さんにもお会いし、関西でのライブ詳細をお伝えします。

まず、清水彩月さんも、とてもすてきな方。三線・ちんどん太鼓を使って、楽しいオリジナル曲のライブを「月と蛙」のユニットでされています。八重山民謡も学ばれて、いい声です~。彼女と浪さんの共演もとても楽しみ。
清水彩月さんのHPは、http://tsukikoe.net

では、ナミイ!に会いたいコンサートツアー詳細です。

6月26日(金)開演2時(開場1時30分) 
場所 大阪府立健康科学センター(ゲンキープ大阪)1Fラウンジ
2,000円(要予約)
タイトル 「おばあの元気もらいましょうライブ」ドクターとナミイの健康トークもお楽しみに。
当日お越しの場合は、満席の場合もありますので必ずお問い合わせ下さい。
当日連絡先 070-5047-3457

6月27日(土)大阪ライブ 場所 大阪市立こども文化センター 
開演 5時30分(開場5時)
前売り 2,500円(当日2800円)
終了後 ナミイさんを囲んで「もうちょっとのひととき」あり。参加費1000円

6月29日(月)京都ライブ 場所 ライブハウス陰陽(ネガポジ)
開演 7時(開場6時)
前売り 2,500円(当日2800円)
終了後もゆっくりのんでたべておばあと遊びましょう。

申し込み 06-6131-8497 (ハンチャンの会 午前10時~午後5時)
mail amusie.nao@joy.ocn.ne.jp
Fax 06-6131-8498

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2009年03月20日

小曽根真 No name horses のゴージャスな音 音

久し振りに、ビッグバンドジャズを生で聞いた。

それも、小曽根真率いるNo name horses は、ほんとにうまい。職人芸!!
それぞれが名のある(No nameの逆ね)ミュージシャン達で、難しいアンサンブルも速い演奏も、楽しんで、演奏している(ようにみえる)

滑らかで、つややかな音もあれば、小曽根が好きらしいラテンジャズの明るい、ノリノリのサウンドもあり、管楽器の音に包まれて豪華な気分だった。

ジャズは、小編成の緊張感あるものもいいし、バンドもいい、ビッグバンドも本当に素晴らしい。

客層は女性が多かったです。
年齢は、まちまち、制服姿の女の子達がいたりして、どこかの学校のスイングガールズなのかしら?と思ってみたり。

そういえば原信夫さんもファイナルのコンサートツアーに出ている。
たまたま、先日「徹子の部屋」を見ていて原さんがゲストにでていた。進駐軍のバンド時代の話が魅力的だった。その当時、進駐軍のダンスホールは、白人用と黒人用で別れていたそうだ。
軍隊の中にも露骨な人種差別をもちこんでたんだ・・・米軍は。
でも、黒人のところで演奏する時は最新のジャズのレコードを聴くことができたから、どんどん盗み吸収して勉強したそうだ。

彼らの進駐軍世代が今の日本のジャズを大きくささえてきた。今の人は本当に演奏がうまいし、教育も高い。昔は色んな状況もあり、薬もあり、ダークな夜の世界もあり、危ないこともあっただろうけど、今の日本にジャズが根付いて、私達が楽しめるってことは最高にありがたいと思う。

先駆者に感謝、現役プレイヤーにも感謝。

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2009年03月12日

楽器をつくってました

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自作ボウサリテリ

しばらく、楽器を作るのに試行錯誤してました。外回りもするけど、部屋にこもっている時は、のこぎりとかんなと、ハンマーを持って、弦を巻く方法を模索したりして、だいたい思ったようなものができました。

ボウ(弓で弾く)サリテリーという古い楽器です。止音装置がついていないので、弓で弾くとふわーっと
しばらく音が響きます。アイルランドの民謡などが合いそうな音色でしょうか?
半音がでるので演奏できる範囲は広いです。中国や沖縄民謡も演ってみましょうか。

4月からは、この楽器、よみうり文化センターで作り方を教えます。

楽器というものは、考えてみれば、音の伝達手段から始まったのでしょうね。
人から人へ伝えるのに、歌や音の高さの違いがあり、遠くまで聞こえる歌声の種類で部族がわかったりと。楽器は、だんだん洗練されるけれど、あるところでその発達もやめます。その必要がないから、古い楽器が今も美しい音色で生きつづけるのでしょうか。
人間も良くない意味で進歩がないですが。

そういえば、東京・大阪と空襲があったという記憶を今年はメディアではとりあげてませんね。特集番組なども、詳しく調べたわけではありませんが、見つけられませんでした。平和を求める思いも、目前の経済的な窮状と比べると、順位が下がるというわけなのかな。

とりわけ、TVは、「泣ける」とか「いい話」とかをテーマにした番組が目立つな。私は感性の押し付けは嫌いなので、あまり見ません。感動も商品化。
同じような顔ぶれが語らうのも食傷気味。というわけで。

話がそれてしまったのですが、楽器を作っていく手仕事のプロセスはとても楽しいです。
自分のへたさもわかるけれど、愛着はとてもわきます。


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2009年02月20日

視覚障害の方々と遊ぶ

今日は、大阪府視覚障害者福祉協会高齢部の総会の余興に呼んで頂き、懐かしい歌を二胡やピアノや歌で一緒に楽しく過ごしました。

見えない方々とガイドヘルパーの方々。全盲の方が多い集まりなので、言葉を発しない限り、何をしているかわからないので、楽器の説明や衣装の説明も触ってもらって、体験してもらった。

二胡という楽器を、見える人達は初めて見てもどういったものかを大体知ることができる。説明も簡単にすれば理解していただける。けれど、見えない人たちは、それがどんな形で、どうやって音がでるものなのかさっぱりわからないだろう。

演奏中に自由に触ってもらって、少しは感じをもってもらえただろうか?

今日は、友人の交遊亭楽笑さんと一緒なので、後半は彼が勤めてくれたが、お客さんが高齢者で、音声情報しかたよることができない舞台という現場では、ゆっくりしゃべる。間をとる。という気遣いがとても重要だと教えられた。MCは、相方のてじょんがおもしろ可笑しく、ええかげんなことをしゃべるのだが、つい早口で話してしまう。

よく、見えない人を前にした舞台で感じるのは、舞台に静かに誰かがいてもさっぱりわからないので、お互いの私語がおさまらない。あたりまえだ、始めますといわなければ誰かが何かしてくれそうなんだと知ることができないからね。特に、始まりの間合いなど、私たちは実に多くのことを視覚に頼っていることを知る。

楽笑さんは、手話落語をする人だ。見えない人に、手話を教える。かたちをゆっくり、声の表現も色んな音色で笑いを誘う。この人の優れた個性は、こういうときにとても人を惹きつける。
みんなと一緒になって笑い、歌い、また新しいつながりの場を与えてもらい。今日も、感謝です。

来週2月26日も、高槻で赤大路小学校で「ふれあい早春トーク」で出演させていただきます。
高槻市人権まちづくり協会HPhttp://blog.zaq.ne.jp/jinmati/category/4/

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2008年11月27日

ライブ満喫!!! 上原ひろみは、素晴らしい。

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BYOND STANDARD ツアーパンフ

いや~~~。また、今年も大阪にやってきた「上原ひろみ」ちゃんを聞くことができてとっても幸せだった。ホールも今月杮落とししたところのサンケイブリーゼ。ちょっと、ライブハウスっぽい、こじんまりしたホールで、しっかりと演奏を「観れる」楽しみも堪能した。

今回のツアーもHIROMI'S SONICBLOOM というバンドスタイルの演奏で、ギターが参加している。
アルバム「BYOND STANDARD 」に参加していたFiuczynski さんでなく、ツアー初参加の Shannonさんのギターはまた、違った世界をもっている。このバンドは、本当に様々な音色・リズムを創りだす多彩で、緻密で驚異的なバンドだ。ベースのTony Gray 、ドラムのMartin Valihoraも屈強なリズム隊。
ひろみちゃんは、相変わらず元気で、動き回って演奏するスタイルは、聴いている私たちにもパワーを与えてくれる。

今回のアルバムツアーは、スタンダードを越えるというのがテーマなので、有名曲を扱っている。けれど、いつものようにそれは、最初のテーマを過ぎていくと、どんどん展開していき、第1展開、第2展開とどんどん化けて、リズムも演奏ラインもどんどん、どんどん、ひろみバンド風に拡大していく。
そのはじけ方が私はとても好きで、初めてバンドスタイルになった前回よりギターの存在は自然になっているようにも思う。

彼女は、ソロもとても素晴らしいのだが、スタンダード曲「I've got rhythem」をストライド奏法で弾いたときは、最初から速弾きなのだが、途中で倍速くらいにめまぐるしくなり、その後飛び出していくあたり
アクロバティックでとってもおもしろい。
本当に、両手の指を酷使して、演奏を展開する。強烈なリズムをたたき出すかと思えば、速いリフを延々と繰りかえす。その技術には思わず魅入ってしまう。

今回の演奏は、アンコール後に客電が点いて、客の追い出しが始まっていた時に熱心なファンのお陰で、再度ステージに上がってくれた。しかも、おまけのようなアンコールでなく、「ノリノリ」のいつもの曲でフルにソロ回しもあり、手拍子あり、合いの手の声ありの大盛り上がりで、たっぷり聞かせてくれて本当にいいライブだった~~~。

彼女のパンフレットを観ると、一年間のツアーのすさまじさがそのスケジュールを通じてしることができる。いつも、その年の終わり頃に日本に帰ってきてツアーの締めをする。
同じ曲をくりかえし、毎日、世界のどこかで演奏することがどれだけ過酷で、プレイヤーとして新しいものを創りだす苦労があるのだろうか、計り知れないが、インタビューでは、どんなにテンションがあがってしまっていても、最近ではその時その時の演奏が新しく、「お、こんないいフレーズ弾いてた」と後でDVDでみると思えるほどに、自分を「コントロール」したアドリブができているという。
並外れた、能力。天才的な創造力を彼女には感じる。ますます進化する、それを追い続けることができる幸せをかみ締める。

上原ひろみ ブログはこちら

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2008年11月14日

キャロル・キング すてきな年の重ね方

11月14日厚生年金大ホールへ、キャロル・キングのコンサートに行った。
12500円は、高いなあ~と、ちょっと躊躇したが、行って良かった!
客入りは、一階席の後ろ側は空席が目立ったが、そんなことは関係なく、楽しく盛り上がった。

「ようこそ、私のリビングルームへ」と銘打ったコンサートのためか、ステージにはソファなどのリビングセットがあり、ルームライト、観葉植物も配されている。
キャロル・キングのほかは、エレアコが2人、そのうちの一人が時にはベース、フラットマンドリンなどにもちかえる。キャロル・キングもグランドピアノを弾いたり、ギターを弾いたりしていた。

古い曲、キング・ゴフィンのメドレーや、往年のヒットの数々。この人は、本当に優れたソングライターだとつくづく思う。メロディーがどんどん展開していく、時には華やかな、良質のポップソングに改めて魅了された。

キャロル・キングは66歳になった。
けれど、声も艶があり、しかも可愛い。ファンの応援に丁寧に応える。
魅力的な人だった。前から3番目のポジションで見てたせいか、表情も結構わかって、本当に魅力的な笑顔と、曲終わりに天を仰ぐ姿は、写真でみた彼女と変わりが無い。

アンコールでやったYou've got a friend 。 最後のリフレインで、すこしずつ今日の感謝の言葉を歌詞に変えて歌っていく。「ここ大阪で、歌えてありがとう。 」ちょっと、心が揺り動かされる。
そうやって、良いコンサートを聴いたら、やっぱり
まだまだ、音楽やりつづけようっと・・と勇気を与えてもらう。

すてきな年のとり方。

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2008年09月24日

ハービー・ハンコックのベスト盤

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THEN AND NOW 

ハービーのベストアルバムが9月に発売されたのを期に買って聞いてみた。
アルバムタイトルは、「ゼン&ナウ~ライフタイム・ベスト

処女航海から、最近のジョニ・ミッチェルの曲を演ったものまで。年代では、1962年から2007年のものの中から。
改めて聞くと、とてもソウルっぽい。ずっと流していたら気持ちいい。
ジョニ・ミッチェルの「リバー」も好きな曲だ。また、スティービー・ワンダーと共演している「セントルイス・ブルース」もとてもよく、スティービーの歌のセンス、自由自在にアドリブして高低動くヴォーカルは本当にうまい。

おりしも、秋は音楽も充実している。
NHK BShi では、東京ジャズもオンエアされていて、今日は上原ひろみちゃん、ミシェル・カミロなどのステージが放送される。昨日の東京ジャズの放送では、タップと共演していたソロのひろみちゃんも凄いが、今年のツアーのメンバーの演奏は、この11月のステージで聴くことができると思って楽しみにしている。

ライブも10月、11月は充実していて、押さえたチケットが来るのを楽しみにしてるところ。

自分の小さなライブも準備中。
さあ、涼しくなったし。いい感じだ。

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2008年08月03日

竹二胡交流会

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さて、この中で手話落語をする人とピエロさんは誰でしょう?

竹二胡を製作するワークショップをあちらこちらでさせていただき、そこで自分の作った二胡を弾きたいという生徒さんが生まれ、教室がいくつかできました。指導のてじょんは、いろんな教室の人が一同に会し楽しく交流できる機会をもちたいと、本日3日実現しました。

ゲストに手話落語の交遊亭楽笑さん、バルーンアートのピエロさん「のりぴー」を迎え、にぎやかに演芸・演奏と、楽しんだ一日でした。
みんな、いい生徒さんばかりで、それぞれ交流を楽しんでいただきよかった・よかった。

ピエロさんは、難聴者。子供の時からです。
彼は、19歳まで人前で「笑う」ことができなかったそうです。なぜか?自分が「笑う」と人から見られ、にらまれるから悪いことと思ったそうです。聞こえない人達にとって、視覚から得る情報は時に心まで通じません。人は、実につめたい顔や、難しい顔(よく相方にいいますが)をします。
私もmake smileでとりあえず笑顔、微笑でも心がけようと思ったりします。 
街で人の顔をよく観察しますが、今の社会にしんどいことが多いからか、割と怖い顔して自転車のったり、歩いたりしてる人が多いように感じます。口角をあげてみませんか?
ピエロさんの芸は、スマイルに満ち満ちていて見てる人に笑顔がうつります。
いろんなところで、ボランティアでバルーンを作ってくれます。

二胡の生徒さんの中には、体調の優れない人、忙しい人、目が不自由な人、元気な人、いろんな人が
います。けれど、新しい出会いでお互いに、音楽を楽しんで、明日もなんとかやっていこうかな・・と思ってもらえれば幸いです。
私たちもそれが何よりの幸せ。

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2008年07月08日

Live 終わる。

自分が音楽でできること、表現できることっていうのは、とても稚拙でちっぽけだ。
けれど、長くやってきた仲間や、仲間の仲間(音楽もその世界は狭い狭い~~ぐるぐる巻きに知り合いが渦巻いてる)と広がっていく繋がりの中で、与えられた場所にいることができるというのはとても、幸せであると・・・とつくづく感じたライブであった。

ステージの上で、交わされる間合いの無言の言葉はここちよく、アットホームなものであったこと。
ボーカリストで七夕に亡くなった友人に歌をささげることができたこと。
忙しくても、大変でも、演りつづけよう。と思うことができた日。
自分が非力でも、それでも音を出し続けようと思ったこと。

これもすべて、プロフェッショナルのプレイヤーでないから言えることであり、自分のためにやっていくことができるという贅沢な幸せでもある。

Liveには、4つのバンドが年齢を重ねてもやっぱり、本気で音遊びしようという人達がかっこよく輝いていた。初めて、参加させていただきとてもいいムードのイベントだったとつくづく思った。
段取りしていただいた方々に、感謝します。

そして、会場まで来てくれた方々。歌に耳を傾けてくださった方々。
ステージに来ていたであろう、友も。
そうそう、これも MIKI あなたのおかげだ。
ありがとう。

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2008年06月29日

二胡とゴスペルそして、7・6ライブ

今日は、久し振りにゴスペルを歌った。しかも変わったシチュエーションで・・だ。

天華二胡学院という二胡の教室の演奏会で、二胡とゴスペルが共演するという試みに参加してきた。
二胡が演奏する曲というのは、中国曲だけでなく、クラッシック、ジャズ何でもありだが、ゴスペルというのは、そもそもクアイア(コーラス)が歌うものなので、演奏だけがされることはまず、ない。

ちょっと一般的に想像しにくいのだけれど、このアンサンブルでは、二胡は20~30名の人で演奏され、バックにはプロのジャズトリオがサポートしてくれている。コーラスの編成のように、3声に分けられたパートを二胡が演奏している。曲目は、「OH HAPPY DAY」。これに、リードボーカルとクアイアのコーラスを付けて、コラボが成立した。

久し振りに、仲間と歌い、クアイアは。小さい編成ながら楽しいステージになった。
舞台は、2000人はいるホールだけど、歌う仲間もいちど、舞台に立った人間は、そこに帰ってきたときは嬉しい緊張や興奮を得られる。パフォーマンスする面白さを知っているからだ。

というわけで、久々に楽器を使わずに舞台に立て、来週は楽器と共に舞台に立つ。

ライブ告知です!!

American Heat Wave VOL.5
出演: These Days/Street Walker/Low-Guns/Give A Little&Friends
7月6日(日) アメリカ村BIGCAT Open 16:00 Start 17:00~
前売 2,000円 当日 2,500円 入場時、ドリンク代別途500円必要。

内容は、70年代のアメリカンロックを中心としたバンドのライブです。
Give a littleとして、19時頃に出演予定です。今回は、アコースティックサウンドで演ります。
他のバンドは、がんがんにロックしていると思いますが。ほっと一息、カントリーブルースぽく、力の抜けた感じでパフォーマンスしたいと思っています。

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2008年05月09日

連休は・・・弾きこもり

連休が過ぎたのだけれど、私たちの仕事はサラリーマンではないので、このブログの表題のようにあるいみ「毎日が日曜日」。
他の人があちこちへお出かけする時は、訪問して仕事をするので「連休明けにしてね」と言われる。

ところが、体調を崩してしまい、じっとがまんして本を読んだり休んだりした前半戦。
後半戦は、7月に決まったライブの準備のために「弾きこもり」をしていた。正確に言うと、その前段階で曲を楽譜に仕上げたり、移調したり(ボーカリストのキーに)、そんな風に結構幸せに過ごした。
もっともっと時間をかけたいのだが、曲をあたっていると、どんどん時間が過ぎていく。

体がしんどかった時は、本の後にはFMをかけていた。NHK-FMがずっと長くイレギュラーな番組をしており、一日はピーターバラカンさん中心にワールドミュージックからクラッシックまでいろんなジャンルを
時間帯に応じてかけていて面白かった。
後日もやはりNHKで、丸1日、ギタリストのチャーがこれまたロックの古いやつを沢山かけてくれて懐かしかったり、「この選曲かい!」とつっこみを入れたりして深夜まで楽しく聞いていた。

普段なにごとも、音楽をならしながら用事をするというわけではないのだけれど、聞き出すと聞く。
若いときは、ずっとステレオに向き合って、レコードジャケットを隅々まで読みながら、曲の細部まで深く聞いて入り込んでいたものだが、今でも、耳に入ってくる音楽は後の音まで聞こうとしてしまう。
実は、作り手はいろんな音を盛り込んでいることが多いのでその辺が気になる。
曲をコピーしていると、リード楽器でなくサイドマンの出す音を聞くことも多いので、いいフレーズを弾いてたりすると嬉しくなる。「これ、もらお」っとと言う感じでフレーズは自分の演奏の貯金になる。

というような、間延びしつつも、音楽に囲まれた日々でした。
さあて、また練習しないといけません。

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2007年11月25日

上原ひろみ~タイムコントロールツアー

昨年に引き続き、元気の出るピアノ、上原ひろみのコンサートに行ってきた。
今回は、ZEPP OSAKA。
今年出した「タイムコントロール」のバンドで、今までのトリオと違い、ギターを加えたバンドスタイル。
これまでが、完全無欠のトリオというような印象であったので、ギターが入ったこのアルバムは、まったく別のエッセンスが加えられた、エレクトリックなバンドセットだと感じていた。

いやあ。ライブでは、また、こちらも元気にさせてもらった。
特に休憩後の演奏がヒートアップした。もちろん踊るし、ピアノの弦を引っ掻くし、ピアノのボディを叩くし、足はばたつかせるし・・・。元気一杯に、しかも驚くスピードで鍵盤を縦横無尽にゆききする指も健在。

ベースもドラムスもさらにギターも超絶技巧。
ただ、CDのライナーノーツによれば、上原ひろみちゃんは、作曲するときピアノ以外の楽器の音も楽譜にきっちり書き込み、練習用のテープをメンバーに渡し、リハーサルするそうだ。
かなり、律儀な、まじめな音つくり。確かに、緻密なリフを多用する。

でも、ライブでは、イントロから雰囲気が違っており、面白いメンバー同士の掛け合いがあったりしてリラックスした良い雰囲気は、お客を巻き込んでもりあがった。

彼女のいいところは、アンコール前のMCで、「今日はおもしろかった~」と言うのである。
その気持ちのいい演奏を聴くと、本当に彼女の音楽が好きになる。
次にどんな音を創ろうとおもっているのか、もう、彼女の中にはあるのだろうけど。
若い彼女が、ずっと年を重ねていき、音楽を変容させていくのかあるいは、いつまでも大暴れするのか、一ファンとしては本当に楽しみだ。

彼女の旅のブログが面白い。
そのうちに大阪のライブのことも、食べものもUPされるでしょう。

上原ひろみ「旅の思ひ出」
http://www.frontpage.co.jp/hiromi_uehara/blog/

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2007年09月04日

月がとっても青いから

この間、映画「夕凪の街 桜の国」を見てから、「月がとっても青いから」に心惹かれている。

1、月がとっても青いから遠回りして帰ろう

 あの鈴かけの並木道は想い出の小径よ

 腕をやさしく抱き合って二人っきりで サ 帰ろう

2、月の雫に濡れながら遠回りして帰ろう

 ふとゆきずりに知り合った想い出の小径よ

 夢をいとしく抱きしめて二人っきりで サ 帰ろう

3、月もあんなに潤むから遠回りして帰ろう

 もう今日限り会えぬとも想い出は捨てずに

 君と誓った並木道二人っきりで サ 帰ろう

確か、映画では3番を唄っていたと記憶しているのだけれど。この3番の歌詞は、悲しい。
もう、会えないかもしれないと、涙に潤んだ目でつきを眺めている。

でも、「遠回りして帰ろう」というフレーズがとても好きだ。ちょっと、いつもと違う道を通るだけで見える風景。単に一緒の時間を引き延ばしたいというだけでなく、すこしすてきな場所を通って帰る気持ちがやわらかくてここちいい。

今度は、この曲を現代風にして歌えるように練習だ。コード付けももちろん、うんと考えて。

この間から、懐かしい曲を歌うユニットに名前をつけた。「BEKO・BOKO」という。
べこちゃん・ぼこちゃんと言っていたのだけれど、みんな「デコボコ」と間違ってくれる。ぺこちゃん・ぽこちゃんの丸を濁点に変えただけ。不二家の不祥事で、かわいそうなことになった「ぺこちゃん・ぽこちゃん」にちなんで汚れた「ぺこぽこ」という意味も込めて・・・。とかいっても、急場でつけた名前なので、あんまり深い意味はなかったのですが。

このユニットで、10月の末もマイマイフェスティバルに出演の予定です。
そのときに唄えるようにがんばってみるとします。

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2007年08月09日

ピアノの数奇な運命

今日は、ピアノのコンサートをはしごした。
全く違う2つのコンサート一つ目は、河野康弘さんの「ワッハッハジャズコンサート」
子供向けのコンサートにおじゃました。いつも弾かれていない眠っているピアノを目覚めさせようと、全国のいろんな場所で、いろんなピアノを弾き、廃棄されるピアノを再生して寄付したりする活動をされている。河野さんの演奏は、ジャズの中でも「フリージャズ」といわれるスタイルだ。だが、子供たちとうたったり、ジャムしたりと元気よく、ピアノの弦をじかにはじいたり、ひじ打ちしたり、拳骨したりして表現していた。

調律師としては、目覚めるというよりも・・・痛みがきになるところです。
今は弾かれていないピアノが確かに日本にはうんとある。したがって調律もされてない、何も手をいれてもらってないカワイそうなピアノもうんとある。そういうピアノが、ひとりのオッサンによって、強烈な弦振動を与えられて、揺り動かされる。そういう人生を歩むピアノもあるんだな。再生され、よそで大切にされるならば、それは幸せなことだけど。

二つ目のコンサートは、エントリーにあげている。「被爆ピアノコンサート」
こちらは、やはり古いピアノを無償で再生し寄付するという活動をしている矢川さんという調律師が、ヒロシマの爆心地1.8メートルの民家で、被爆した75年前のピアノをなるべく新部品を使用せず再生し、全国に運んでコンサートをひらいているコンサートだ。

被爆ピアノは、3台所有されているそうだが、本日使用したものは、松谷みよこさんの手によって絵本になったピアノだ。75年前の75鍵のヤマハアップライトピアノ。
コンサートの舞台上に、アップライトピアノが置かれることは珍しい。立派なコンサートグランドではなく、そこには、つやが少し消えた、ガラスの破片がいっぱいささったというピアノがあった。まわりには、沢山の千羽鶴が飾られている。
それだけで、よくここまでやってきて音をだしてくれているね。と感銘する。

音楽ができない時代、状況というのが戦時だ。文化や芸術が否定されて、個人の自由が制限される。そんな時代が二度と来ないように、ヒロシマのピアノは歌い続ける。
生き残ったピアノは、使命をもっている。人と一緒に旅をし、全国を飛び回る。
あの日閃光を浴びたピアノが、灼熱の光線によって金属がとかされず、木が燃えず、奇跡的に音をならしつづける。このピアノには、まだ人生が続く。

ヒバクシャが訴えつづけることを助けるために、その運命はまだ続いている。

それぞれ違った運命を与えられたピアノ。人と友人のようなピアノ。

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2007年08月04日

被爆ピアノコンサート

今日は、ドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」をみることができた。

そこ(ヒロシマ・ナガサキ)に居る人々は、ひとつながりで今を生きている。火の海の地獄から生き地獄へと。その事実を世界に住む人々へ届けることができれば大きな意味があるだろう。今も、ウラン弾で「ヒバクシャ」を生み出し続けているのだから、私たちの時代の責任は重い。

先月、「ウリハッキョ」を見た、飛鳥人権文化センターで8月8日に「被爆ピアノのコンサート」が開かれる。これは、無料だけれど、申し込みがいる。
 飛鳥人権文化センターのブログに詳しい http://asukaragenki2.blog113.fc2.com/

このコンサートには、知り合いが2人出演する。パーカッションの伊藤さん、ハープの田中ゆかさん。
平和のために音楽で何かしたいという思いの強い人たちだ。
この被爆ピアノのコンサート自体は、よく新聞でも取り上げられていて目にしたことがあったが、コンサートに行くのは初めてだ。このコンサートは、広島の矢川さんというピアノ調律師によって再生・修復され、全国を訪れて開かれている。

この活動は、「被爆ピアノ・翼をひろげる会」が行っている。

このピアノに関連する絵本が今日の朝日新聞に紹介されていた。
ミサコの被爆ピアノ」作 松谷みよこ 絵 木内達朗 講談社
ヒロシマのピアノ」作 指田和子 絵 坪谷令子 文研出版(CD付き)

いろんな形で、私はまだ知らないことがあると知らされる。
いわなければ誰も知らない。伝えなければ、伝わらない。

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2007年07月29日

大人の無邪気もいい

今日、懐かしのグループサウンズフェスティバル07に参加してきた。

出演のメンバーは、久しぶりにバンドまたやろうと頑張っている、いわゆる「おやじバンド」が中心だ。
私とテジョンの演目は、そのグループサウンズよりうんと古い、1910年代のエノケンナンバーや1920年代、笠木シズコの曲、あとは、いつも歌う「19の春」と「ジョージア・オン・マイ・マインド」。

客層は、主催のNPO法人おんがくさーくるコスモスの関係者が多い。年齢層もいろいろ。コスモスさんは、日ごろは吹田市の老人施設などで音楽療法の活動をしたり、高齢者のピアノ教室、懐かしい歌を歌うイベントなど、多彩な音楽活動でいろんな人の心を豊かにさせている。今回は、もう少し若いひとにも元気になってもらおうと、おやじ・おばさんバンドなどの参加呼びかけをした。

いろんな人の懐かしいエルビスやビートルズ、フォークソングなど聞かせてもらったが、みんな本番の顔つきは「いい顔」だった。日ごろは、仕事でなかなかリハーサルもできない仲間が、今日のステージのために努力してきた、晴れの場だ。東京と大阪と行き来きしながら練習してる人もいたりして、その熱心さは、音楽を演るという魅力にほかならない。

無邪気さというと、誤解をうけるかもしれないが、体を動かし、手拍子して楽しむ。そいういう姿は本当に無邪気で元気で、つくづく大人の生活にもいい影響を与るなあと思う。

そういえば、昨日もとてもいい顔をした、大人を見た。ピアノを購入していただいたら、サービス調律というのが付いている。その仕事で伺ったお家の若いご夫婦は、子供のためにだけピアノを買ったのではなかった。若い父が、これからこのピアノを弾いていきたいという思いがあったから。
初めて、家にピアノが届いて、調律で全部の鍵盤の音を出して、最後に分散和音などで、はしからはしまで音だしすると、「今やっと、ピアノが家に来たって思いました。」と晴れ晴れとした顔で、お母さんが言ってくださった。

そう。はじめて「ピアノが来た日」って、こんなに嬉しかったものなんだ。わくわくするような思いと、まだ小さい子供が真ん中を少し弾くだけのピアノが、はしからはしまで鳴らして、一曲弾いてみると(私のピアノの力量はたいしたことない)、それだけで、ぱあ~と晴れやかになってもらえるなんて、嬉しい限りだ。

音楽もピアノもいいもんだって思ってもらえれば嬉しいな。

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2007年07月19日

ナミイの歌声がやってきた

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ナミイが録音してくれたテープ

映画「ナミイと唄えば」を見て以来、きょうのぶこさんが家来になる気が十二分にわかってしまった私は、
ナミイグッズを販売する公式商店「オニガシマ商店」で、「ナミイの歌の贈り物 for YOU」のテープを予約していた。
このテープ、一人ひとりのリクエストを聞いて、私のためだけにナミイが録音してくれるというテープだ。

心待ちにしていて、今月とどいたのだった。手書きの曲リスト。のりで貼り付けられていた。
テープの初めには、名前を呼んでくれたりして・・・ほんまにフリークの域に達したという感がする。われながら。

もちろん、ナミイの最新情報もコチラでチェック。来年には、ハワイツアーも企画されていて、これまた心が動く。

実際に、お座敷で遊んでみたいという思いは日々募り、ついにお座敷企画の要項を送ってもらった。
大阪でナミイとお座敷遊びがしたいという人は、この指とまれ!

今、画策中。実現できるかは五里霧中。

ナミイの魅力っていうのは、その素晴らしい三線の腕と、歌声の中にあるハートだ。沢山の人と遊びたいと思っているその気持ちは、多くの人と人をつないでいる。神サマに小さいときに助けられ、今は芸で人を助けている。

ホントにきっと会えると私は信じている。

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2007年07月07日

ボニー・レイット 姉御の貫禄

bonnie.jpg
NHKhi World premium liveでのBonnie Raitt

今日、知らずにいつもはチェックしないハイビジョン放送の番組欄を見ていて宝物を見つけたような気分になった。小さな幸せ!

このBonnie Raittは、スライドギターを操る、渋いロックを長年つづけてきた、とても愛するミュージシャンだ。2005年9月の映像で、久しぶりにその健在振りを知ることができて嬉しい。

彼女は、1949年生まれ。10代のときからブルースマンと多くセッションしており、持ち味は、そのブルースフィーリングだ。白人の赤毛の女の子は、当時からブルースマンの間で有名だったそうだ。今日のTV放送の中のインタビューで語っていた。実際にいまも、ブルースのイベントでは、大物ブルースマンと一緒に共演している。Ray Charlesの最後のアルバムでも一緒にデュエットしているしね。

ファーストアルバムからずっと聞いてきて、私自身も実際に弾き語りもバンドでも演奏した機会の多い人だ。あこがれのボニー。

彼女を同じように追いかけていた友人が2人いる。一人は、Give a littleのボーカルMIKI。今も一緒にボニーを演ることがある。もう一人は、13年前に他界した。
彼は、七夕の日の夜中に、強盗に襲われてなくなった。

そのときの大切なバックの中には、ボニーを追いかけてきて、書き溜めたノートが入っていた。
だが、財布とともにバックはすてられ、金のたしにもならないノートはこの世から消えた。
ひょっとしたら、天国に持参したのかも知れぬ。ともかく、永遠に読むことができなくなってしまった。

ふと、そんな日を迎える日に、Bonnieの歌声を聴いて、とても嬉しかった。
13年前から新作のCDが聞けないから、毎年いく、仏壇のまえで聞かせてやろうと思ってもっていたこともある。

それでも私は生きている。歌うときは、一緒に歌ってよ。


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2007年06月24日

美空ひばり 命日

6月24日は、美空ひばりの命日、17回忌にあたるらしい。NHKBSでは、昼からずっとひばり特集をやっていて、断片的に見たりしていたけれど、特別にファンでもない私でもふっと聞き込んでしまう歌のうまさを感じる。

私が知ってる美空ひばりは、小さいときに聞いた「柔」、晩年期の「川の流れのように」など覚えてるのはほんの少しだった。その間、演歌をたくさん歌うひとと言う感じで、洋物ばかりを聞いていたわたしには、縁がなかった。

この頃になって懐かしい歌を歌う機会が増えてきて、昔の笠木シズ子や服部良一メロディーなどモダンで魅力的な曲を再認識している。その中でも、ちあきなおみの歌のうまさ、歌う曲の良さなど惹かれるものが多いが、美空ひばりはシンガーとして別格に感じる。

子供時代のひばりを、西条八十はその様子を「バケモノのよう」と評したくらい、大人びてうまかった。
いろんなジャンルの曲、人の持ち歌どんなものも自分の歌に昇華できる人。
このような、シンガーとして歌い手として職人のような人が今はいるのだろうか?

職人といっても、ただ小手先がうまいというのではなく、本物の歌をハートで歌える人という意味で賞賛の意味で私は書いているのだけれど。
歌というのはすごいな。つくづくそう思う。
今、60代の人々のこころには、いろんな時代のひばりさんが生きてるんだろうな。

美空ひばりで今日検索していたら、こんなのを見つけた。
美空ひばり 平和をうたう
小笠原 和彦【著】時潮社

なぜ、ひばりは反戦歌を歌ったのか、誰が影響をあたえたのか、古賀政男か、川田晴久か、竹中労か。名曲の誕生までを縦軸に、きらびやかな人たちとの親交を横軸に、もう一人の美空ひばり像を追い求める。

とても興味深い。また、手にしてみたい本だ。

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2007年04月19日

音をさがす

udu.jpgウドゥドラム

昨日は、久しぶりに三線のサークルへ顔を出した。工工四(くんくんしー・・三線の数字譜)を追いかけて弾くのは何とか、ぼちぼちやったが、歌と一緒に弾くには民謡のメロディが入っていないとだめなわけでなかなかだったけれど、一緒にみんなで弾くと楽しかった。

三線といえば、ナミイねたも尽きず、ナミイのMLにも入っている。超レアな、ナミイがじきじきにカセットテープに入れてくれた歌三味線を予約中。歌詞カードも直筆!ナミイとハワイの旅も企画されているらしくこころが動く。

写真に乗っけているのは、ウドゥドラム。アフリカの太鼓なのだけれど、焼き物の壷の横っ腹に穴があいていて、そこと、上の穴をふさいだり開いたりして、音色を変える。これは、買ったもの。
家にとどいてから、居間にころがしてあり、手が空いたときにたたいて遊んだりしている。

けっこう実物は大きくて、高さが30cm近くある。初めて見たときは、「はくしょん大魔王の壷」みたいだなと思った。
これは、実は5月5日に京都造形芸術大学の学生さんの企画で、京都の今は使われなくなった登り窯で、焼き物をつかった手作り楽器作りのワークショップをするので参考のために購入した。登り窯のロケーションも魅力なのだけど、楽しい楽器作りができればいいなと思っている。

太鼓などで遊んでいるときは音を探すというより、自分になじむリズムをみつける遊びをしている。家族のいろんな人間がたたいても出てくるリズムは違う。
さっきまで、ピアノの遊び弾きをしていた。和音を適当につなぐとメロディーが生まれる。いくつもつくり、また去っていく音。ひと時もとどまらないのが、音だ。
まとまったもの、テーマのあるものを弾いていないのは、自分が定まった方向の曲を今、もってないからだ。そういう時。とても悩んでいるときだ。音をさがしてる。

本格的に、この曲を、こんな風に弾こう、歌おうと思ってやってないということだ。
こうして、なまけているうちにダメになりそうで、あぶない。もちろん、演奏や音で遊ぶということについてダメになるかも・・・と思ってしまうときがあるということであって、日常の精神状態は実にいいので。

というわけで、つらつらと徒然に書いてしまいました。

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2007年02月22日

ねこも鍵盤を弾く

nord.jpg
愛用している、CLAVIA NORD STAGE88

うにさんのブログを読んでいて、ねこがピアノを弾いてる動画を知った。
ねこは、ただただ、鍵盤を歩くだけで音をならすこともできる。よく、縦型のピアノの屋根のところを自分の居場所にしてるやつもいる。調律にいくと、むちゃくちゃおどろいて、カーテンにうまく足をひっかけながら、ピアノの後ろからどこかに去って逃げていくやつやら、反対に「何してるん?」と仕事をきちんと正座(猫正座)して見上げる子。いろんな、猫や室内犬もピアノのまわりにいるというのは知っている。

音がすきなのか、単にごろごろしてるだけなのか?またたびで、酔ってるのか?わかりませんが、このネコさんの奏でる、現代曲はなかなかのものです。興味のある方は、http://www.ravenswingstudio.com/docs/cats.htmlをチェックしてくださいね。

このエントリーの写真は、もっか私の一番触っている鍵盤です。ピアノちゃうんかい??と言われるかもしれませんが、仕事の時間をいれるともちろん、ピアノを触ってるのは一番長いですが、弾いてるといえば、こちらです。お気に入りの、NORD STAGE88.ウエイトがついた、88鍵シンセサイザー。

3月3日にアメリカ村、CLAPPERにて、ライブ出演があるゆえ、サウンドつくりに、演奏にと使っている。
このシンセは、なかなか面白くて、今やっている70年代のアメリカ音楽のサウンドによく使われている、フェンダーROHDESピアノ、B3オルガンなどが使いやすい配置で同時にならせる。オルガンパート、ピアノパート、シンセパートと独立した、コントロールパネルがついていて、それぞれの音をエフェクトしたり、重ねたり、モーフィングして、入れ替えたりできる。特にローズの音の種類が多く、楽しい。オルガンのレズリースピーカーのローター速度も連続で変えることができたり、音をつくるのにオルガンのドローバーと同じような表示にしてあったり。見た目も好きだ。これは、スウェーデン製。

上原ひろみちゃんが、これのシンセ部分のみのNORD LEADを使用している。あのノイズのようなサウンドはNORDのものだ。

てなわけで、シンセでピアノにない、伸びる音をだしてると出てくるフレーズもかわってくる。
曲によって、サウンドを変えると、音のつながりも変わっていく。さて、猫にまけんんと、斬新なプレイを考えよっと~~

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2006年12月21日

上原ひろみ~アジアツアー2006を体験する。

hiro.jpg
上原ひろみ「spiral」

オスカー・ピーターソンのオープニングアクトを聴いてから、久しぶりに出会えた、元気な上原ひろみ。
その間、関西では、なんばHatchでも昨年ライブをしているが、それはいけず。コンサートが兵庫県立芸術文化ホールであるというのも魅力だった。このホールは、贅沢に木を使用してあり、ホールに入ると木の香りがする。けれど、2000人のキャパでソールドアウト。ジャズ界では異例の存在である。

彼女の3枚のアルバムを聴くと、曲作りの変化というのか、編曲の変化が特に3枚目で聴いて取れる。
初めて、彼女を見たときは、おもしろいくらい指が動くので、それだけで盛り上がったりしたけれど、今回のアクトは、休憩10分をはさみ、正味2時間40分の充実したものだった。もちろん、指はまわるまわる・・・けれど、それだけじゃない。非常に小さい音から始める曲も多く、だんだんにトリオのリズム変化、アドリブ部分の転回が、いくつかあり、大きなうねりをもって、テーマに舞い戻る。そのダイナミックな運びは、デビュー作のころよりも成熟を感じる。

速い速いパッセージを叩き込んだり、連打をしたりするの聴いていて、一体1秒でどれくらいたたいているか数えてみた。というも、調律師というのは、振動数のずれを聞いて調律しているので、そのずれを1秒間に7つとか、10回とか数える習慣が身についているからなのだ。グランドピアノでは、ピアニストは1秒間で14回連打できるらしいが、彼女は、大体10回から12回当たりを連打していたと思う。

大概彼女は、足をそろえて、始めは演奏する。シフトペダル(弱音)を踏むためにそういう感じなのかなと思ったりするけれど、リズムが激しくなると立ち上がって、足を振り回す。そう元気な演奏だ。
フリージャズの山下洋輔も、拳骨で、鍵盤をたたき、ひじウチをするのは有名だが、洋輔は、それで弦を切ってしまうのだけれど、ひろみちゃんのも激しいがなんだか、許せてしまう。ピアノ弦をじかにはじいたり、弦を手で押さえてしまったり、ピアノには荒っぽいことだけれど、彼女ならば許してしまう。

本当に元気な演奏。でも元気だけではない、色っぽさも感じるな。私は、「ラブ アンド ラフター」が大好き。ブルースフィーリングがたっぷりで、3枚目のアルバムのお気に入りだ。この曲はアンコールの1曲目で演奏された。最後は「リターン・オブ・カンフー・ワールド・チャンピオン」これは、アグレッシブでファンキーで盛り上がる曲。

コンサート途中、ソロで1曲弾いてくれた。
コンサート当日、お葬式だったお茶畑のおばあちゃんのことを思って作った曲。「グリンティー ファーム」
さぞ辛い気持ちだったのだろう。けれど、ツアーのどこにでもおばあちゃんはついてきてくれる。と彼女が言うように、元気で楽しくピアノが弾けるように、おばあちゃんは世界のどこにでもついて来て見守ってくれるだろう。

いい音を聞けて、幸せな時間だった。
お客さんの年齢層もかなり広く、子供から、杖や、カートなどを押したおじいちゃん・おばあちゃんまで。それを見ていても、この人の魅力は果てしない。この先どんな風になっていくのか・・・ライブは追いかけ続けなくてはならないだろう。ジャズは、変化する。その変化をこの先も見てみたい人だ。
ピアノと格闘するのではなく、彼女はじゃれあっている。そうそう、ピアノのフレームの上におかれた、可愛い真っ赤な「Nord lead」もね。あのシンセも大切なおもちゃだ。あんなに楽しそうにピアノを弾く人はそうはいないだろうと思う。


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2006年12月16日

クリスマスは、バースデイ

今日は、Harlem JP choir のクリスマスコンサートに出かけた。自分が出ていない舞台。歌う仲間を見て、聴いて、美しい笑顔を見て嬉しかった。他では、感じられない家族がでてるような暖かい気持ちで一曲、一曲を聴いた。愛する仲間とあえて本当に嬉しかった。

ハーレムの持ち味は、明るさ、力強さだと思っているが、今日は、イエスキリストの誕生日・クリスマスを祝うコンサートなので、しっとりめの感じだった。場所が、神戸バプティスト教会だったせいもあり、暖かさや、賛美の雰囲気はとてもよかった。今回も、ハモンドB3オルガンを弾く、愛すべきブッチさんの出すサウンドは、一気に雰囲気を、アメリカの教会に連れて行ってくれる。

B3オルガンは、レズリースピーカーを使用し、ラッパのような部品がくるくるまわることで、音をかき回す、早くまわすと、たくさんのビブラートが発生して、ぞくぞくする。教会が、カトリックではカテドラルで天空に響き渡る、パイプオルガンの音や、ミサ曲で賛美の気持ちを高めたように、ゴスペルでは、B3オルガンが欠かせない。ブッチさんの手にかかったら、コード一発、抜群の魅力だ。大好きな音を重ねてくる。

わたしも、最近購入した、NORDのSTAGE88もオルガンサウンドが充実しており、fastのボタンを押すと、回転が速くなる効果が得られる。ピアノ系、シンセ系、オルガン系と音を積み重ねていくことができて
お気に入りのシンセだ。

このクリスマスシーズン。あちこちでゴスペルコンサートが行われる。まさにゴスペルシーズン。クリスマスがイエスの誕生日であるということは、クリスチャン以外は、あまり気にしていない。特に日本で祝うクリスマスは、サンタであり、ケーキであり、きらびやかなクリスマスツリーだ。宗教行事ではない、特殊なクリスマスがこの国の多くの家庭に根付いている。
けれど、一度考えてみて欲しい。この日本の文化が、異文化を飲み込むように上澄みや、うわべの習慣だけを取り入れるならば、異文化のもつ宗教や、人々の習慣も柔らかく理解して欲しい。難民に対する、日本の政府の冷たさ、中国残留孤児を切り捨て、経済界だけの顔色をみているような政治。
共生を拒む見えない境界線。

あなたは隣人を愛してますか?

投稿者 pianocraft : 23:38 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月12日

マデリン・ペルー ~極上の冬の歌声

madelein.jpg
マデリン・ペルー「ハーフ・ザ・パーフェクト

このCDを買ったのは、CDショップで「歌声」を聞いてしまったから・・・。前作「ケアレス・ラブ」のエントリーでも書いているが、ビリーホリデイのようなやわらかな歌声。それを聴いただけで彼女の声とわかった。早速、買って、今よく聴いている、たぶんこれからもよく聴くだろうCDになった。

今回は、ジョニ・ミッチェルやニルソンの曲を取り上げていたり、少し歌い方や声が違った感じの曲もある。でも全体を通して、じつに柔らかい、暖かい冬のクリスマスシーズンには最適のアルバムに仕上がっている。

この声はホントに魅力があるのだが、バックの演奏もとても粋だ。オルガンやウーリッツアーピアノやシンプルなパーカッションなど、少ない音とやさしい音に満ちている。こんな音楽ができたら幸せだな。
「声をはらない」タイプの歌い手。ゴスペルやソウルの唱法と反対側にある。語りかけるような歌声。
なにせ、力がはいっているときに、このCDを聴くと、「なんや。あほらし」と思ってしまいたくなる。あるいは、お酒に手が伸びてしまう。そんな、リラックスのための音楽にもなる。
こんなCDにであえると、本当に幸せな気分。

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2006年11月18日

LAURENCE ELDER

lau.jpg
Laurece Elder ソロデビューアルバム

久しぶりに惹かれる、ピアノの音を出すボーカリストを見つけた。仕事柄、FMを聴きながら車を運転することが多いけれど、朝のFMcocoloの番組でこの人の歌、タイトル曲の「SURROUNDED BY YOU」を聴いて、FMのタイムテーブルから曲を検索して、アルバムを手に入れた。まだ、輸入版しか発売していないが、タワレコでは目立つディスプレイがされていた。ジャズのところにあった。

そう、イントロからジャズピアノが美しい。いわゆるフュージョンジャズのころの雰囲気だ。聴きやすく、ここちよい。季節が寒さに向かっていくころに暖かいところに惹きつけられていく気持ちのように、吸い込まれていく気持ちよさがアルバム全体に広がっている。
ブルージーな曲もなかなかよい。B3オルガンも弾いていて、好みのセンス。ポップな曲もよし。

車に持ち込んで、聴くのもいいかもしれない。
知らないアーチストがよいものだったら、とても得した気分。

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2006年11月12日

言葉でなく、平和な気分になること

大阪の北摂には、箕面の滝がある。滝道を子供が小さいころは何度か上がり、途中の箕面昆虫館に立ち寄った。
その滝道を5分ほど歩いたところに、「橋本亭」というカフェがあり、その2階の清流の間というところで、今日のライブはあった。明治45年に立てられた旅館を改装し、リニューアルして2年目の風情のある、畳の部屋でのフォルクローレライブ。
友人のさわちゃんの生き生き元気なステージは楽しかった。そうそう、グループ名は「グルーポ ウヌ」

アコースティックで違う文化の違う民族の音楽を聴いていると、こうして色んなものを楽しみめる平和っていいよな~と思ってしまった。戦時になり、言論だけでなく、敵国の臭いのするものは排除されたり、イラク戦争のときは、中東系のアメリカ人はいやな思いをしただろうし、実害もあったと思う。

太田光と石破元防衛庁長官のディベートを昨日のTVでやっていたのを思いだした。
武器のない世界なんて、紛争のない世界なんて、来ればいいが、来るはずがない。という前提で進められる、「核武装論議」。政治カードとしてでも、持ってはならぬものというのは、今も増えるヒバクシャの存在を知れば明らかなことだ。

そんな憂鬱な気分をときほぐす、そんな音楽を聞かせてくれてありがとう。
滝まで歩き、友人と楽しいときを過ごした。赤ん坊を連れた猿の親子ともであったけれど、急に寒くなった気候になんだか心配してしまった。自然は、超然とある。人だけが、じたばたする。

投稿者 pianocraft : 23:07 | コメント (0) | トラックバック

言葉でなく、平和な気分になること

大阪の北摂には、箕面の滝がある。滝道を子供が小さいころは何度か上がり、途中の箕面昆虫館に立ち寄った。
その滝道を5分ほど歩いたところに、「橋本亭」というカフェがあり、その2階の清流の間というところで、今日のライブはあった。明治45年に立てられた旅館を改装し、リニューアルして2年目の風情のある、畳の部屋でのフォルクローレライブ。
友人のさわちゃんの生き生き元気なステージは楽しかった。そうそう、グループ名は「グルーポ ウヌ」

アコースティックで違う文化の違う民族の音楽を聴いていると、こうして色んなものを楽しみめる平和っていいよな~と思ってしまった。戦時になり、言論だけでなく、敵国の臭いのするものは排除されたり、イラク戦争のときは、中東系のアメリカ人はいやな思いをしただろうし、実害もあったと思う。

太田光と石破元防衛庁長官のディベートを昨日のTVでやっていたのを思いだした。
武器のない世界なんて、紛争のない世界なんて、来ればいいが、来るはずがない。という前提で進められる、「核武装論議」。政治カードとしてでも、持ってはならぬものというのは、今も増えるヒバクシャの存在を知れば明らかなことだ。

そんな憂鬱な気分をときほぐす、そんな音楽を聞かせてくれてありがとう。
滝まで歩き、友人と楽しいときを過ごした。赤ん坊を連れた猿の親子ともであったけれど、急に寒くなった気候になんだか心配してしまった。自然は、超然とある。人だけが、じたばたする。

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2006年10月18日

いちおう LIVE告知

友人の歌をなんとか盛り立てようと、歌伴バンド「GIVE A LITTLE」に参加したのが、この夏。
障害者の人たちと楽しむダンスパーティの出演以降、次のライブにも仲間にいれてもらい、いよいよこの22日日曜日にLIVEとあいなりました。

今回は、今回もというべきか、ハモパートも多く、他のメンバーが音楽で生きてきた人たちなので安心して、鍵盤の音を重ねています。ブログの更新が滞るのは、仕事から帰って、食事がおわると、ピアノをさわり、ハモを練習し、メールチェックなどをしていると、1時2時になってしまうからなんです。

こうやって、音楽ができることを本当に幸せに思います。その合間に実はハングルもかじっていたりして
忙しい一週間です。でも、楽しいです。


ライブ日程は10月22日日曜日 場所 MOTHER POPCORN 地下鉄本町駅すぐです。
夜9時からの出演となっています。ささやかなる告知でした。

投稿者 pianocraft : 00:25 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月03日

ダンスパーティでひさびさバンドマンになる

danpa.jpg
青葉仁会のダンパ・フライヤー

友人のMIKIの声賭けで、取り組んだひさびさの歌伴。魅力あるボーカリストであるMIKIを生かす支えになれるか???であったけれど、リズムセクションとギターに一世を風靡した関西ロックのメンバーが快く引き受けてくれたものだから、なんとか端っこでキーボードをたたくことができた。

このダンスパーティは、社会福祉法人青葉仁会の主宰する、知的障害をもつ入所者の人たちのために開かれたものだった。音に敏感に反応する彼ら。強力なリズムセクションの音はここちよく、踊る時間になったのだろうか?

本物の音を聞かせたい。ロックならば、ロックの・・・というのが、企画をしてくれている職員の人の考えだ。こころに響く音は、まっすぐに飛ぶように思う。
彼らは、奈良の山奥に住んでいる。仲間といっしょに。でも、本当はいろんな人にまみれて暮らすほうがいいだろうと私は思っている。けれど、そういうところが、たくさん準備されているわけではない。大阪の生野区のように、のきをつらねた路地裏に障害を持った人のグループホームがそこここにあるというようなところは、実は少ない。当たり前に、仕事をし好きな事が出来るような、生きるということのシンプルな繰り返しさえ、障害があることで阻まれる。

ここに来て、作業をしている人たちは、木工やちかくのすてきな自然食レストランで働いたりしている。
私たちも食事をいただいたレストランは、木の色、草の色、流れる空気もすばらしく美しいものだった。
私たちが癒される・・・そんな場所だった。

音楽について。わたしは、3年ほどゴスペルをやってブラックミュージックのルーツミュージックを体現し、今となっては学んだ事も多かった。バンドをすることに自然に移行できたのは、数多くの本物の歌のお陰だし、すばらしい講師から学んだ、歌のリズムでもあった。でも、嬉しいけれど緊張もした。20曲ほどの初めて、鍵盤でたたく曲を覚えなくてはいけなかったけれど、これも刺激になった。

改めて、音楽をする、演奏するという立場にたちかえって考えなくてはいけないことが多く残った。
それは、本当にプロフェショナルに仕事をしているメンバーから教えられたことでもあり、そこの本質は
楽器演奏ではなく、「歌」にあったことに驚きを感じたからでもある。
沖縄に求めたもの。それも「歌」である。 もちろん、そちらもわたしにとって大事な大切な宝物の歌たちなのだ。洋楽のロックをしようが、しまいが、沖縄にある歌をわすれることはない。
さあて、ゴスペルから去ると、新たないそがしさがやってきた。予期せぬバンド。次回ライブも参加できるのか??? 

投稿者 pianocraft : 23:22 | コメント (2) | トラックバック

2006年08月27日

サイエンスフェスタ

festa1.jpg festa2.jpg telmin.jpg
サイエンスフェスタにて

この土日は、うちのテジョンがサイエンスフェスタに参加した。お誘いくださった当銀さんは、すごいストロー細工師で、サイトでもストロー細工を紹介している。(作り方も) 小さなストローの動物は、実に精巧にできていて、みているとあきない。

サイエンスフェスタでは、当銀さんの作るストロー恐竜「ネオ」の物語を、テルミン奏者のフェイターンさんと、パーカッションの伊藤さんと共に、テジョンがいろんな手作り楽器を持参して、ステージに立った。
写真は、携帯写真なので不鮮明だが、ひとつはサウンドホースとよばれる蛇腹のホースをぶるんぶるんまわしている図。実はこのホースは、ドラム缶用のポンプについていたホース。
よく100均で前は、売っていたがいまはなく、科学教材の会社が取り扱っているようだ。

テルミンもふしぎな電磁波楽器で、音の動きをきいていると昔のムーグのシンセサイザーのようだ。
楽器も科学的に考えると、空気振動をどう伝えるかの手段であって、面白い楽器でも仕組みをちゃんと説明するのは、これまた、難しい。
サイエンスフェスタっていうのも、知らなかったが、多くの学校や科学博物館、同好会やらなんやら、いろんなブースがでていて、そこここで実験を見せてくれる。小学生を連れた親子でラッシュ状態だった。
場所は、先日「世界報道写真展07」と同じハービスホール。うんと違った雰囲気だったが、ひろいのに冷房は良く効いていたのは同じ。でもブースで人に応対してる人たちは汗だくだったけどね。

科学って人気があるんだね。根本的な?を解決してくれるってすっきりするからかもしれない。
わたしのまわりにはブラックボックスが多すぎる。そう、パソコンもまたそういう感じ。
科学に使う脳みそって、音楽つくるときの脳みそと違うんだね。と思いました。

投稿者 pianocraft : 23:02 | コメント (2) | トラックバック

2006年07月30日

久々のバンドスタイル

7.30.jpg

9月にボランティアバンドとして、障害を持った人たちの施設のダンスパーティに参加する。
友人のMIKIに誘われ、久しぶりにバンドのキーボードとしてリハーサルをした。
今日は、リズムセクション抜きの軽い曲あたりの練習だったが、歌とギターが入るだけでうんと、違う。

自分の楽器とほかの楽器のコードの重ね方、リズムの合わせ方、いろんなところが、一人と違っている。
思えば、バンドというものをはじめたのは高校生のときだった。
ひとりで楽器屋に行き、<スティーリーダンが好きです。バンドをさがしています。>みたいな広告をあべのの三木楽器アポロ店に貼ってもらったのが始まりだ。今考えると、連絡先を書いた紙をはっていてもいたずら電話なんて一本もなかったっけ。

わたしは、ソロのピアノ弾きではない。歌い弾くのが好きで、バンドのバッキングのおかずにちょろちょろするものや、重圧なリズムに乗っけて引くようなものも好きだ。

結局、アメリカンロック、R&B、ブルース、ファンクジャズなどをバンドとしはやったことになる。
三線ももっと弾きたいのに・・・・。今は、鍵盤に向かう日々だ。
結構楽しく、幸せでもある。

この夏は、またあっという間に過ぎてしまうだろう。

思えば、ばあさんになってもバンドやろう!というのがそもそもの夢だったから。着実に年だけは重ねてきたけども、ここからまた違う音楽でも勝負できるように、鍛えなあかんな。
アレルギーにさいなまれる、ねこずきのボーカリスト MIKIサンキュ。

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2006年05月19日

オールカプースチンプログラム 関西初

KAWA.jpg
川崎昌裕 カプースチン作品集1

兵庫県芸術文化センター小ホールにて本日、関西初のオールカプースチンプログラムが行われた。
プロデュースは、友人のMOMOちゃん
師匠の871さんに調律をお願いしたため、仕事をそばで見学させていただいた。コンサートの裏から表まで楽しませていただいて幸せだった。

ピアニストの川上昌裕さんは、日本で一番カプースチンを弾けるピアニストだ。リハーサルで初めて出された音を聞いて。うわっと思った。そのときは、技術的なサウンドでなく、音楽として。今回は、川上さんの関西での初演だが、それ以外でも今日のプログラムでは、ビブラフォンとウッドベースとピアノでコラボレーションをしている。カプースチンがこういった形で演奏される初めて。クラッシックのピアニストがジャズコラボをすることはまずないだろうから、面白い組み合わせだった。

ピアノの音については、舞台にあげる前の調律のときの音。舞台に上げてリハの時の音。客入れをした本番の音、この3種類の音がまったく違っていて、面白かった。これが聞き比べられるのは、客席で聞いたものしかできない。演奏者も、このホールで響いている音については、自分では決してわからないのだ。演奏者の聞こえている音は、ピアノの前から出る音。あるいは、反響して返ってくる音。いろいろだろいうけれど、また、客席だって、聞く場所でずいぶん違う。指を見たい人も多く。超絶技巧の華麗な指さばきは美しくもあった。

このコンサートは、クラッシックではまだ、少ない照明効果をかなりプランしてある。これは、プロデューサーの意向で、曲によって、かなり照明が変化した。リハの段階では、照明を切り替えるときのモーターの音が、かなり曲間うるさかったのだが、本番は曲間もお客さんがいるだけで、かなり雑音がでているのがわかる、したがってモーター音は気づかなかった。こういうことを経験すると、ほんまにコンサートってライブだなと思う。お客もその一部である。空気の温度も湿度も変える人の存在は、音という空気を媒介してつたわる振動では、くっきりその姿を変えるのだ。

照明も、川上さんにとっては未知のものだったのか、色明かりが入るときの感じや、鍵盤の見え方などにいつもの素明かりになりとまどいを感じていた。ジャズなど、いつも薄暗いところで弾くのだけれど、クラッシックではそういうのは考えにくいのだろう。いろんな初めてがあり、演奏者にとっては、プレッシャーがあったかもしれないけれど、お客の立場から言えば、それがすべてよいほうに感じられた。
今後も、関西でカプースチンを聞く機会が増えればもっと幸せだ。

MOMOちゃんお疲れさん!

投稿者 pianocraft : 23:44 | コメント (2) | トラックバック

2006年04月23日

音楽や音が伝えるものを考える

touch.jpg
映画「Touch the Sound そこにある音 」

金曜日にNHKの「英語でしゃべらナイト」を見ていた。この番組は前から好きだったのだが、放送曜日が引っ越してから初めてだった。この日の出演者はミュージシャンである。
途中から見たから、再放送(24日深夜①:10~1:40)で再チェックしなきゃと思うが、私が見たのは、AIのインタビューとエブリン・グレニーのところ。

AIのLAでの体験で、ゴスペルクアイア(聖歌隊)に所属していたということを初めて知った。確かアメリカ音楽高校を卒業していると思うのだが、その間の話だろうか。彼女は、たまたまアジア人のまったくいない教会のクアイアに参加したらしい。最初は打ち解けにくかったけれど、得意なダンスを教えたりしてどんどんメンバーと仲良くなっていった。

きっと辛い事や、しんどいことがあったのだろうけれど、ゴスペルの「つらいことはもう終わった」・・・これはよく黒人教会ではでてくる歌詞。アメリカで奴隷にされ、差別されてきた歴史を持つ黒人たちは救いを求めて、信仰をもった。そのように、癒されることばを歌いつづけることで、AIは辛いことを乗り越えてきたという。しんどい状況、辛い状況に置かれるほうが、信仰は深くなる・・・ようだ。(AIちゃんの信仰については不明)

でも信仰のあるなしに関わらず、音にのせた言葉は、こころにダイレクトに響くのも確かだ。
だから、信仰を深めるために宗教には音楽がつきものだ。
古来は(いまもかな)、音楽は信号伝達手段でもあった。打楽器をつかって。

もうひとりのミュージシャン。打楽器を自在にあやつるのは、聴覚障害者のエブリン・グレニーだ。
ドキュメンタリー映画「Touch the Sound そこにある音 」で日本にも来日している。なんと彼女の日本でのプロモーションの場所は「神社」だった。(記者会見のHPはこちら

インタビュー(映画のプロモーションの)から引用
<(音の)感じ方は、皆さまざまです。皆さんは今こうしている間にも、いろいろ考え事をしていると思います。音楽を聴きながら、音を感じながらも考え事をします。また、同じ環境で、違うことをしていると、いつもと違う音の感じ方があると思います。たとえば、床を歩いていても、靴下を履いているときと履いていないときでは、音の感じ方が違います。音は体の一部分で感じるものではなく、五感を通して、体に感じるもの。耳からだけではないのです。音は震動でもあります。>

音を何で感じるか?
ことばや、音の高低(メロディー、振動数)、音の大小、音色(波形)。この中には、意識していない部分がある。音の高低に関してだ。私は、調律師なので音の高低を操る仕事をしている。いわば、ピアノという楽器に決まった音の高低を与えるという仕事だ。
人間には聴こえる範囲、可聴範囲と調音可能範囲とがあるのでその制約にしたがって音をあわせている。でも実際には音には数々の倍音が含まれているのでその音を聴くことができなくても、振動としてからだは感じることができる。(聴こえる範囲の音でも、さらに聞こえない範囲の音も同時に共鳴しているので含まれている)

超低音、超高音など。
エブリンは五感に非常に素直に、感性を最大値に持っていって音を捉える事ができるのだろう。
私達は、目に見え、聴こえるものに頼りすぎて、感覚を失っているか、使わずにいるのだろうと思う。
彼女を通して、音に対して研ぎ澄まされた感覚を知りたいとおもいませんか?
映画の公開はもう始まっている。

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2006年04月05日

よんよんコンサート 終了

昨日、日本ピアノ調律師協会関西支部主催の「第6回よんよんコンサート」が行われた。
スタッフとして関わり、一段落なのだけれどまだ、仕事は残っている。

「よんよん」とは何を意味するか?と言えば、1年中のいろんな日に意味付けされているひとつで、よんよん=4月4日 ピアノ調律の国際基準ピッチA=440HZにちなんで、4月4日はピアノ調律の日と決められている。語呂合わせだ。

その日を記念して毎年、各地で日本ピアノ調律師協会のイベントが組まれているが、関西では新人演奏会という形式をいままでとってきた。
関西の9つの音楽大学の新卒で学校から選出された演奏家が出演する、フレッシュな演奏会。
演奏内容は以下のとおり。
神戸女学院/ストラビンスキー ペトルーシュカ第3楽章謝肉祭の日
同志社女子大学/グノー 歌劇「ファウストより」、トウレの王、、宝石の歌
相愛大学/ラヴェル 夜のガスパールよりⅢ.スカルボ
大阪音楽大学/ヴィエニャフスキー 創作主題による変奏曲作品15 
くらしき作陽音楽大学/パラキエフ イスラメイ-東方幻想曲
武庫川女子大学/プロコフィエフ ソナタNo.6 Op82、第3第4楽章
大阪教育大学/スクリャービン 、ピアノソナタ第5番Op53
京都市立芸術大学/シマノフスキーソナタ第2番作品21、第1楽章
大阪芸術大学/ラヴェル 夜のガスパールよりⅢ.スカルボ

とはいえ、裏方をやっていると大方のスタッフは演奏を聞くことができない。
チケット交換ブースに座っていたわたしは、コンサートに来る人達とは接することができた。
こんな人たちが来るのか。という感じで。
このコンサートは新卒のこれからと言う人たちに、いずみホールというすばらしいホールで演奏できるという機会をつくる目的もある。どんどん羽ばたいてもらいたいと思う。
調律師というのはそういう音楽家(だけではなくピアノを演奏するどんなひとでも)を影で支えるのが仕事なのだから。

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2006年03月07日

ピアノコンサート

kapu.jpg
5/19カプースチンコンサート

ピアノ中心のコンサートが2つ控えている。どちらもスタッフかスタッフサイドに近いところにあるコンサートだ。
●4月4日 よんよんコンサート(日本ピアノ調律師協会関西支部主催
開催日: 4月4日(火)開演時間:18:00会場:いずみホール
(内容)
ピアノ演奏:関西9大学からご推薦頂いた平成17年度卒業生
チケット入用のかたはメールにて。
新人演奏会として新卒の音大生を招いて毎年、いずみホールで行っている。4月4日は・・調律の日なのだ。なぜかって?ピアノの国際基準ピッチはA=440HZなので、よんよん。語呂合わせだ。こちらは、いろんな意味で2年関わった。当日はチケット交換に当たっているとおもう。

●川上昌裕 PLAYS カプ-スチン
オ-ル カプ-スチン プログラム 関西初登場!
2006年5月19日(金)19:00開演
兵庫県立芸術文化センタ-小ホ-ル 0798-68-0255
A席4000円、B席3500円 (全席指定)
主催:M'S M
後援:㈱全音楽譜出版社、 ㈱ヤマハミュ-ジック大阪 心斎橋店、 ㈱ヤマハミュ-ジック大阪 千里店、 ㈱ヤマハミュ-ジック神戸 神戸店、FM CO・CO・LO
協力 ㈲日本アコ-スティックレコ-ズ
ご予約・お問い合わせは M'S Mまで; TEL 0797-34-5344 10:00~18:00   
e-mail; funnymomocat@yahoo.co.jp

以前記事にした、ニコライ・カプースチンを弾く川上先生のコンサートだ。主催者のMOMOちゃんと知り合いで、この企画のために奔走している。クラッシックのピアニストが挑む、カプースチンプログラムすごく楽しみ。ジャズのフレーズを使う、現代作曲家としのカプースチンもおもしろいが、カプースチンそのものはロシアでジャズ演奏をしており、譜面化されたジャズという趣のものが多い。
・企画の詳細はMOMOちゃんのブログのコンサート情報サイトへ,MOMOちゃんは、毎日、ベジタリアン生活、音楽活動など精力的にブログを書いている。彼女もジャズピアニストである。
・川上昌裕 先生のホームページは http://www.cam.hi-ho.ne.jp/pianistas/ショパンコンクールの裏話なども書いてある。なかなかおもしろい。


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カプースチンを聴く 「青井彰 ピアノリサイタル2005」

ピアノオタクのブーム

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2006年03月03日

日本のブルースマン

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今日、NHKBSで「木村充揮スペシャルライブ~憂歌団から30年~」を見た。NHKホールで2日間、音楽仲間に囲まれてしあわせな木村充揮であった。

ホールの熱気がうんと伝わる放送だったが、そこに出てくるミュージシャンの顔が懐かしく、フルネームで呼べるそんな人たちばかりだった。

上田正樹、有山じゅんじ、正木五郎、藤井裕はベースマンで、いつも黙って(あたりまえなのだが)演奏する姿が好きでファンだった。これは、上田正樹とサウストゥサウスのメンバー。ウエストロードブルースバンドからは、永井隆、塩次伸二、ブレイクダウンから近藤房之助(ちびまるこちゃんのぴーひゃらもやっていた)
ドラマでなくフォークシンガーとしての泉谷しげるや懐かしい名前加川良。
若い人も木村を尊敬する。大西ユカリ、Leyona(この人はこんなにブルースハープがうまかったんや~)
ブルーハーツの甲本ヒロト、BEGIN。

幸せな人やな。と思う。まず30年音楽をやっていけたこと。そしてこんなに大勢のミュージシャンから愛されている事。憂歌団が全盛のころ、関西はブルースで評判だった。大阪のバンド、京都のバンドと多くのブルースバンドが生まれ、ライブハウスがあちこちにできた。
アメリカのブルースマンを日本に呼んでコンサートも開かれたりした。
ジョンリー・フッカーは、結構後になって日本に来たが(たぶん20年くらい前)京都の磔磔でのライブで帽子を観客に投げ、それを手にいれてしまった。
ともかく、関西ブルースシーンは豊かで、東京にはない音楽のある風景が1970年代の独特のものだったと思う。

今は、体のサイズが一回りもニ回りも大きくなった、50代のミュージシャン達が、わたしのあこがれの人たちであったことは言うまでもない。これからもライブで楽しそうな顔をみせてほしい。
じじばばになっても音楽やろう!というのが私や友人との約束なのだがけっこうその日が来るのは早いのかもな・・・と最近はつくづく日々の過ぎ去る速さと共に思う・・・。

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2006年02月18日

「いのちの輝きを伝えたい」コンサート

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今日は、ピアノクラフトワークの調律のお客さんでもある、廣澤大介君の出演するバイオリンと声楽のコンサートに行ってきた。このコンサートは、石井子どもと文化研究所くるみ、青年の自立支援研究会の主催である。大介君は小さいころからLDを持っており、石井子どもと文化研究所に通っているが、音楽が大好きで、バイオリンに熱心にとりくんでいる。今日は、彼のバイオリン演奏と視覚障害を持っている、バリトン歌手の時田直也さんが出演した。

企画に当たったのは、昨年、行った松野迅さんのバイオリンコンサートでピアノ伴奏をしていた榊原契保さん。この榊原さんは、やっぱりウチの調律のお客さんのピアノの先生でもある。

大介君のバイオリンは時にやさしく、ノリに乗っているときはピッチもボーイングもばっちりで迫力がある音がでている。榊原さんとのコンビもよい。この榊原さんは、いろんな人間との出会いを大切にしているとかたる。優しさと思いやりの心で会場がいっぱいになるようなコンサートを目指したそうだ。
確かに音楽は、言葉を超える。その人の状況も越える。例え、障害があろうがなかろうが、若かろうが老人であろうが奏でる音は、その人の音であるから。

もう一人の出演者、聴覚障害をもつバリトン歌手、時田さん。彼は、ピアノの弾き語りをした。よくとおるバリトンの声でしゃべるバリトン歌手と化した。こんなにおしゃべりな声楽家は初めてだ。自分の生まれたときからの障害を両親が受け入れた話や、酔っ払いのオジさんに「手引き」をしてもらった話と人との出会いを宝物のようにする彼の言葉が印象深かった。人はひとりでは生きていけない。誰かの役に立ち、一方で手助けを受ける。彼の経験から出た言葉は重く、深い。

時々、障害をもった人と接したり、であったりしてるときにふと思う。障害がないほうがイビツな人間のような気がする。実は、いろいろみんな不自由な部分があるとおもうけれど、それが社会生活の中でたいした問題になっていないために、何の問題もなく過ごしていると勘違いしているけれど、人はすくなくとも「老化」という逆らえない時の流れのお陰で、日に日に障害を負って生きていく。もう、めがねが離せないないもんな~。いまや。かくして、人と人は出会い、刺激を受けて前に進む。これしかないな。

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2006年02月15日

Black History Month~黒人歴史月間

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JAFAイベント(大阪)

2月がアメリカではBlack History Month(黒人歴史月間)であることは、新聞でもちらっと書いてあったりして知るところのなのだが。
この月間について、映画俳優のモーガンフリーマンは、こんなもんはいらないと言う発言をアメリカのTV番組”60ミニッツ”のインタビューで答えている。原文はコチラのサイト
ようするに、アメリカの歴史そのもが黒人史であって、とりたててこの一月間だけに押し込めるのはおかしい。という主張だ。というわけで、そもそもこれは1926年、歴史学者のカーター・G・ウッドソンが設定した「ニグロ・ヒストリー週間」から変化していったもので、本当は黒人歴史を強調して意識する必要もないくらい差別がなくなれば、なくなっていけばいいものと捉えていたようだが、いかんせんモーガンフリーマンが怒ったとて、アメリカでは、ハリケーンでしわ寄せをくうのも、学資のためにイラクへ行くのもアフリカ系アメリカ人というわけだ。

アメリカでは、この月間に多くの展示会、講演会、音楽イベントなどが開かれる。
そこで、日本でもアフリカンアメリカンの団体JAFAがイベントを開く。
そこにわがHarlemJPChoirが出演させていただくことになった。
ゴスペルはまさに、アフリカンアメリカンの人たちにとって、苦しいアメリカでの生活に欠かせなったものだ。選曲も、ブラックゴスペルのスピリチュアルものを選んで、ディープに盛り上がりたいものだ!!
今、来日中のわが愛する講師Butch Heywardさんと素敵なライブになればいいと思っている。

詳細はJAFA HPイベント情報 http://www.jafa.org/japanese/news/news.php
場所は心斎橋 SAVANNA
おいしいソウルフードも有るらしいです。ブラックヒストリーについてのドキュメントフィルムの上映も有ります。


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2006年02月05日

ピアノクラブ

ピアノが好き!という仲間を集めて、連弾など乱れ弾きをして遊ぼうという、半ば行き先の見えない「ピアノクラブ」を開催した。

そもそもこの企画は、メンバー2人の「マツケンサンバ連弾譜を弾こう!」ということからスタートした。
なかなか、リズムの複雑な連弾譜は難しいのだ。それでも、ヘルプがありつつ最終章まで弾いていた。
私は、多くは傍観者であったけれど、「ブギ」だけはさせていただきました。

これも興が乗ってくると、乱れ打ちができて楽しい。ベースを誰かが弾いてくれて、「おかず」ばっかり弾くまくっても許されるので嬉しい。
いろんなセッションをしてきたが、ピアノだらけのセッションというのは結構特殊な状況なのだ。
確か、100フィンガースという企画でスタインウエイピアノを10台、円になるように並べて、ジャズピアニストがセッションするっていうのがあったが、あるルールでジャズのようなフリーインプロビゼイションでピアノを弾き合うっていうのにあこがれるな。

でも、ピアノ好きが集まったけれど、それぞれのキャリアも得意分野も違うので、統一した何かをするには前もって準備が必要だとわかった。次はテーマを決めよう!
また、連弾譜の低音パートが両手へ音記号であるっていうのになかなか慣れることができなかったりと、あらためて知った難しさもあって面白かった~。

刺激になり、別の分野への挑戦の意欲もわいてきたりして。
途中から、私の父のチェロ指導が始り、一時は「弦楽くらぶ」になったり、手作り楽器であそんだりと、ずいぶんと音をおもちゃに遊んでもらって楽しかったです。
日頃は、こつこつ上司や会社の仕事に追われて息抜きしないと大変な女性プラス男性一名が明日もピアノに向かって鍵盤と戯れることを期待して。

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2006年01月31日

ラウル・ミドン~アコギの魅力

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ラウル・ミドン『ステイト・オブ・マインド』 

ただ今来日中で、本日大阪公演をナンバHATCHで行ったラウル・ミドン。ライブには行けなかったけれどCDは楽しんでいる。
FMのヘビーローテーションになっていた「ステイト・オブ・マインド」はスティービー・ワンダーの曲かと思っていたらオリジナルだった。スティービーもハーモニカで参加しているが、このラウル・ミドンも盲目の人だ。アコースティックギターも素晴らしい。

このアルバムは、アコギのサウンドを大事に録音していて、コードを弾きかえるときの弦をすべる指の音「キュキュ」ってのが入っている。アコギはこの音がたまらなく好きだ。
このCDでB3オルガンを弾いているのは、わがHJPクアイアの講師の一人Shedrick Mitchel氏ではないか!しかし、パーソネルに名前があるものの、オルガンがほとんど聞こえない!不思議な感じがする。

ひさびさにほっとするCDだった。発売されたのは去年だけれど、来日にあわせてFMで聞いているととてもいい。やわらかいボーカルと、ギターのシンプルなサウンドは、このところ映画でテンパッテル(と今はいうらしい)こころをほだしてくれるような気がする。

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2005年12月18日

歌い終わって、考える

12-1.jpg大阪方面の冬空

ゴスペル音楽をうたう。クリスマスにちなんで、イエスキリストが生まれて2005回目の誕生日を祝う歌の数々。わがプロフェッサー、ブッチ氏のキリスト誕生にまつわるストーリーを歌いこんだ詩に素晴らしい音符が乗っている曲の数々。

喜びの歌。これがクリスマスソングというものだ。
アメリカに渡ってきたアフリカの人々が、厳しい労働の日々の中で、魂のそこから待ち望んだ平安は約束の地「天国」だった。死んでからしか、平安はないというのは哀しい話だけれど、その苦しみゆえに強いキリスト信仰が生れ得たと思う。

そのことへの共感(といっても現状で共感できるものではないし、分かるとも言えないのだが最大限の想像力を使うという意味で)がゴスペルを歌うわたしの動機だ。
でも動機付けを抜きにしても、ゴスペルを歌い上げるのはとても楽しい。今回も本当の意味で歌う楽しさを感じる事ができて幸せだった。
クリスチャンの人がいたる感覚とは違うとは思うが、一緒に声を出している幸せと言うのはもっと、浮遊する感覚のように思う。

黒人問題を含め、私個人としては、「人間は差別する」ということを「テーマ」のように考えつづけている。
どんなところにも差別がある。心の中にいつも自戒をこめて、物の見方を、自分のポジションを考えるくせをつけている。

ちょっと前に書いた「ローザ・パークス」さんについての日記にアクセスが多かったことを考えると、今の日本の人たちはみんな何か不条理に差別されてる感覚があるのかな?と思ったりした。
勝ち組み・負け組みなどと言ったり、下流社会と言ったり、いつの時代に逆行してんだ~ッ。とね

そんな不条理と闘ったローザさん。キング牧師の公民権運動に学ぶ事は多いと思う。
参考になるサイトを見つけた。
StudioBE というサイトの「公民権運動 史跡めぐり1」
わたしも旅をしてみたいな。

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2005年11月30日

カプースチンを聴く 「青井彰 ピアノリサイタル2005」

昨夜は、カプースチンの曲が、日本のピアニストによって弾かれるというわけで、仲間と一緒に、大阪梅新のフェニックスホールへ出向いた。

青井さんという、ピアニストがどんな方は存じないが、何故カプースチンを弾きたいと思うのかわからない。
カプースチンの中でも、あんまりジャズっぽくない選曲で、演奏を堪能したという感じはしなかった。
どちらかというと、あってないかも・・・って感じかな。
それよりも、キャラクターの印象が強すぎて、本題と別のところで盛り上がってしまった!

わたしは、クラッシックのピアニストが自分のリサイタルで演奏するスタイルで、セロテープを張ってつなげた楽譜を用意した人をあまり知らない。譜めくりもいないので、時にはすばやく自分でページをめくる。
そういった所作や姿が、おもしろくて、このコンサートなかなかのものだった。

カプースチンの音は、結構あきない。古いジャズのストライド(しかしすごく速い)奏法が入ってきたり、ジャズが長年かかって変異してきた、新しさをとっぱらって、譜面に貼り付けてしまった人。
私の好みは、やはり、自由に音が動きまわるインプロビゼイションの世界だけど、聞いていて、厭きのこない、色んなメニューを出してくれる贅沢な、食事みたいな音楽だ。

この作曲家をいろんな人に演奏させたい知り合いがいる、おもしろい企画を考えてね。JAZZの土俵にもって来て、ジャズピアニストが弾くのを是非聴いてみたい。

おまけ。
一緒に行った仲間から「のだめカンタービレ」というコミックを借りた。全13巻のうち5巻まで、コンサートの帰りの電車で読み始めて、はまりました。
音大生の話なのだけれど・・・・・。はまる。音楽好きには、そそられるシーンがあるな。

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2005年11月17日

Lightning In A Bottle

lightning.jpg
ライトニング・イン・ア・ボトルDVD

ずっと追いつづけていて、たった一本、観れなかった映画があった。「Bluce Movie Project」の締めとなった、ラジオ・シティホールで行われた、ブルース・ライブの模様のドキュメンタリー映画だ。

レンタルで、出ていたので思わず借りた。ブルースマン達がほぼ一曲ずつ、歌い繋いで行く。
公式サイトは、コチラ

アメリカは2003年にブルース生誕100周年として、ブルースの再発見をテーマに色んな取り組みを行った。メディアが取り上げたり、学習教材、CD、出版物など積極的に。その中でも、最大のイベントとなった
ラジオホールでのコンサート「サルート・トウ・ザ・ブルース」のドキュメンタリー映画がこの「ライトニング・イン・ア・ボトル」である。

演奏もすばらしかったが、ブルースにいたるまでの、スピリチュアルであろう「俺の墓をきれいにしてくれ」をメイヴィス・ステイプルズが歌ったり、人種隔離法(WhiteとColoredにわけられた法律)のジム・クロウ法に反対するメッセージを歌った、「ジム・クロウ・ブルース」、ビリ-ホリデイが歌って有名な「ストレンジ・フルーツ(奇妙な果実)」など、当時の厳しい黒人差別の苦しみを歌う唄がやはり、迫るものがあった。

ブルースは、色恋のものも多い。嘆きも多い、悲しみも。
けれど演奏は、ご機嫌だ。ドライブするギター、大好きなボニーレイットもスライドギターを聞かせてくれる。
ドクタージョンのロールするピアノ。好きなものが一杯つまった、映画だった。

ブルースは、いまやアメリカの宝だ。
しかも、この音楽はいかに世界のポピュラー音楽に影響をあたえたのか、計り知れない。
ブルースがあったから、R&Bがあり、ヒップホップがあった。そして、JAZZも。
アメリカナイズされた政府は大嫌いだけれど、ブルースは、黒人のもの。アフリカからやってきた、人々が奴隷生活を経てうまれた。こころ惹かれる。どうしても。

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2005年10月19日

ピアノオタクのブーム

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カプースチン8つの演奏会用エチュード作品40 / KAPUSTIN PLAYS KAPUSTIN

ニコライ・カプースチンを知ったのは、知り合いのジャズピアニストとゴスペル仲間からカプースチン・ブームの話を聞いてのことだった。もう、だいぶ前から、クラッシック愛好家から注目を集めていたらしい。

カプースチンは、現代作曲家という分野だ。ロシア人でクラッシックを学び、その後ジャズを演奏していた。ライナーノーツには、ロシアでは、ロシア革命以降数次にわたる弾圧や曲折を経ながらも、ジャズの演奏は続けられ、独特のジャズ史がある。ビッグバンドも盛んだったそうだ。

アメリカにないジャズ史がロシアにあった。そして、このエチュード集は全部ピアノソロだが、時にはラグタイム風あり、モード奏法あり、ジャズの音に満たされている。しかも超絶技巧。早い指使い。
上原ひろみも笑えるほど早く弾くピアニストだが、カプースチンはそれを上回る。
しかも、ジャズの奏法、手法を使いながら、しかしアドリブではない。きっちり書かれた、楽譜が存在する。
なので、他の演奏家によっても演奏されたアルバムもある。

なにせ、わたしはこの一枚を入り口に、聞き始めたところだ。だが、とても躍動感のあるこの音楽にクラッシック弾きの人たちが吸い寄せられる意味もわかるような気がする。
ジャズのように、テーマのメロディーが何小節か与えられていて、それにどうコード付けしても、リズムを変化させてもOKというのが、クラッシック弾きの人にとっては、演奏するテクニックがあっても、非常に高いハードルとなるということが、理解できるから。適当にコード付けて・・なんて、大変らしいね。

このカプースチンの楽譜も発売され、好評だ。みんなが待ちのぞむそのわけは、楽譜なっていたら複雑なコード編成も、音符に起こしてあるから。いわば、アドリブを譜面化したようなものだ。

これはジャズではない。だろうが、非常にたのしいボーダーのない音楽だ。しかし、調べているうちにこの人の話題をたのしんでいるサイトの人たちは、実にオタクであることがわかった。「ここの弾き方が、いまいちうまくいかない」とか、要するにリスナー=ピアノ弾きなのだ。恐ろしいな~。

ジャズがすきなのは、その和声が魅力的だから・・・とわたしは思っている。和音一発で、ガツ~ンとくるサウンドがある。トロ~となるサウンドもある。そんな魅力もこのアルバムは持っていて楽しい。
今、車でいつも聞いているアルバムになった。

カプースチンについて詳しいサイト「音楽の風景」で「カプースチンの世界」のページをご覧ください。

日本でも演奏される機会がある。
わたしも、11月のコンサートには行こうと思っている。

青井彰 ピアノリサイタル2005
フェニックスホール(大阪)
2005年11月28日(月)18:30開演
曲目:カプースチン/24の前奏曲とフーガ 作品82より
   J.S.バッハ/シャコンヌ(ブゾーニ編) 初版
   J.S.バッハ/ゴールドベルク変奏曲 BWV988
入場:3,000円(全席自由)

おもしろそう!

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2005年09月20日

韓国へ行って来ます。

9.20.jpg

9月22日より、韓国に行って来ます。旧友、黄氏との再会とヤンピョンドン教会のみんなとの再会。
そして、約2時間、HarlemJPChoirのコンサートを行ってきます。

ヤンピョンドン教会の人たちは、実にパワフルで、金曜日に賛美集会を行うのですが、2時間半くらいうたいっぱなしで、平気なのです。

わたしたちの歌う、ブラックゴスペルと呼ばれる、黒人教会で歌われるゴスペルソングは韓国でも、だいぶ知られるようになっているようですが、実際に歌われているのは、オリジナル賛美曲が多く、わたしたたちのゴスペルがどのように、とらえられるか???です。

ハングル曲も覚えました。
さあ。ヤンピョンドン教会の周辺では、問合せが殺到・・らしく。
力を込めて、歌ってきます!!

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2005年09月05日

シャンソンと内モンゴルの繋がり。

昨日は、台風の影響のカミナリと大雨のなか、わがお客さんでもある、針生裕子さんのシャンソンソロライブに出かけた。

おかあさんになってから、シャンソンを聞くのが好きだったと思ったら、いつのまにか、針生さんは、プロ歌手になってしまっていた。オドロキと共に、すばらしい!とエールを送りたい。

音楽をぼちぼち続けてる人間のひとりとして、希望と努力は惜しんではいけないとつくづく思わせられる。
もう、いまさら・・・なんて思わないで、しつこくやってみる必要性はあるな。と、そんなことを思うと嬉しくなる。自分のために音楽するんだ。大人もね。

こころに響く歌というのが、確かにあって、針生さんの低く、よく響く声は、ことばをはっきりと届けてくれる。シャンソンというと、恋の歌が多いけれど、恋の歌も、読み替えてみればいろんなことを意味するのだなと、自分なりに聞いていた。ありがとうございました。

その後、針生さんも合流して、わたしとテジョンと交遊亭楽笑さんとお友達は、内モンゴルのお友達と盛り上がった。

内モンゴルというのは、中国の自治区である。

もっとも北に位置し、たいへん貧しい国と聞く。そこへ、交遊亭楽笑さんたちは、学校建設の支援のために日本から行った。彼らはその時ガイド役を買って出てくれた。この二人、ソルトさんとチチガさんは、国費留学生として、奈良教育大学に音楽の勉強に来ている。

彼らと出会えて、いろんなことを考えた。国のひろさも、貧しさも、こんな日本に来て、どう思ったろうか?
でも、なによりも素晴らしかったのは、チチガさんの生歌だった。

料理屋でお父さんの誕生日祝いをしていた家族を巻き込んで、ライブの声が聞けた。
その声は、そこにあったすべてのものを、共鳴させ、わたしの鼓膜もぶるぶるふるわせた。その音圧と高音のパワーは、平原で歌うにふさわしいものなのだろうと思う。

ガラスがわれるのでは、ないか?と思うくらいの音の力。
今度は、ソルトさんの馬頭琴も聴いてみたい。
お二人のHPはこちら「ソルト~馬頭琴演奏家~

投稿者 pianocraft : 21:52 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月03日

ご近所ネット~JAZZ LIVE!~

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喫茶店「耕」にて

今日は、おやこ劇場のイベントで調律をさせていただいた。ピアノクラフトワークのご近所である。
東淀川区の喫茶店「耕」さんで行われた、JAZZライブがそのイベントであった。ただし、このLIVEは、大人のためのライブではない。もちろん大人楽しむのであるが、観客の半分は小学生から幼児までの子供達である。

おやこ劇場といえば、生の舞台をこどもに見せよう・・という活動だ。ただし、今回は、ちいさいスペースで目の前の楽器から音が鳴る。ことの他、大きい音を感じるのではないだろうか?と思いつつ。どんな表情でJAZZを体験するのか、楽しみだった。

スタンダードで大人にはおなじみの曲が演奏されていく。けれど、子供にとっては、どうだろう?初めは、興味津々、サックスから、大きなウッドベースから聞こえる音は不思議な音だったのではないだろうか?

わたしにとっても、ウッドベースの弦をはじく音が鮮明に聞こえる距離で、JAZZの演奏を聞くのは久方ぶりだった。(アコギのコードを移し変えるときの、弦をこする音とか、太いベース弦を指がすべる音とか大好き~、レコーディングで聞こえると嬉しくなる。それこそが生の楽器の音だからね。)

まあ、それは子供達にはどうでもいいことかもしれないが、中盤になると、大人も子供もアルファー波がでてきて、うっとり、というか、うとうとする人が増えてくる。気持ちよさそうだ。眠くなるのは、別にかまわないと思う。

上等な音環境で、皮膚から音楽が染み込んでくる・・・そんな体験は、こども本人が良かったと思おうが思わなかろうが、良いのではないかしら?
わたしも、子供がちいさいころ、万博公園の野外JAZZフェスティバル「ライブアンダーザスカイ」に連れて行った。マイルス・デイビスがステージをうろついて、トランペットを吹く姿もよく覚えている。もっとも子供は覚えてないけれどね。

ご近所で音楽を、広げようというのは賛成。街のあちこちに音楽が鳴っている、そんなシーズンがこの大阪の小さい街のなかにあってもいい。
ミネアポリスに夏行った時のことを思い出す。街角で、公演で、オーケストラや小さいグループが音楽フェスティバルのシーズンは生演奏をしている。もちろん、コンサートホールでもね。夕暮れの涼しい時間(もっともミネアポリスの夏の日没は夜9時ころ)、音楽に満たされるっていい感じだった。

音楽が身近なようで身近でない。それは、生の演奏が身近でないことを表す。これは、さびしいことだ。

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2005年08月15日

60歳のブルース

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SESSIONS FOR ROBERT J / セッションズ・フォー・ロバート・J

久しぶりにブルースアルバム+DVDを買った。ロバート・ジョンソンフリークのE.・クラプトンの日本では今年初めに出されたアルバムだ。

DVDだけ見た。セッションしている姿が、どのミュージシャンも楽しげだ。もちろんツアー前らしい緊張感も見せるが、違うシーンでは、ひとりでギターをもったクラプトンが弾いている姿も良い。

戦後60年。クラプトンは60歳。日本国憲法と同い年。
時々、世界の歴史ポイントと日本の歴史ポイントがずれる時がある、歴史は過去であり、机で学んだ歴史は、特に時代感覚を失っているので理解しにくい。

終戦記念日というけれど、終戦がこの日になったいきさつは残酷だ。
ポツダム宣言の受諾を引き伸ばした、日本の政府は、広島・長崎・その後も各地の空襲をもたらす攻撃
で200万人が命を落としたという。
始めたらなかなかやめられなかった、戦争。敗北をしっていても認めない罪。
だから、始めないように、できないようにするということがとても重要なことなのだと。感じる。

慰霊とか追悼とかよく言う。
過去は、現在に繋がる、その責任も重い。

60歳のブルースっていうのも、音楽だけにしておかなきゃな。憂鬱だけど。確かに。


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2005年07月17日

スーパーナチュラルな生き方

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ハーレムJPクアイア夏のコンサート<詳細は、コチラコチラまで>

昨日は、「ブルックリン・タバナクル・シンガース」というグラミー賞を6回も取ったゴスペルグループのコンサートに行った。わが、Harlem JP Choirの仲間たちと一緒に・・。

確かに素晴らしい歌声で、彼らは一人一人がソロシンガーといっていいようなメンバー達だった。
本当のゴスペル・・・これは、クリスチャンのイエスキリストへの賛美のための福音なので、彼らは本物である。偽のゴスペルがあるのか?といわれれば、「ニセモノ」という言い方は御幣があるが、ゴスペルというものを音楽スタイルと捉えられている時もある。ことに日本では。

純粋に教会音楽としてだけならば、こんなに流行し、どこのカルチャーセンターや、公立の文化教室でもゴスペル教室があるってなことにならなかっただろう。ブラックミュージックのルーツミュージックとして、注目され、その合唱のパワーに圧倒された。リズムあり、ごきげんなメロディーとハーモニーというわけで、今日、どこでも聞くことのできるものとなった。

最近、車のCMで3列シートの最後尾に3人のローブ(聖歌隊が着る、法衣)を着た大きいお姉さんも誕生日だから、一緒に積んで、お祝いに行こう!なんてのがあるが、実にナンセンスな話で、これは、クリスチャンじゃない(たぶん日本人の)ゴスペルを知らん人がイメージだけで、作ったシロモノでしょうな。

そんな風に、日本では、とても不自然にゴスペルが存在する。だけれど、日本古来、固有の、一神教でないこだわりが、ええやんか~とすなおに受け入れたためだと思うのだけどね。
一方で、本格的なゴスペルがどんどん力をつけ始めた。本来の賛美のためのクアイアが生まれている。

そういうなかで、教会関係者が輝かしいミッションを持つ、ブルックリンのようなゴスペルグループを呼ぶようになった、いろんな形で、数多く、アメリカから宣教にやってきている。こう言うコンサートには、必ず、牧師のメッセージが有る。

昨日の牧師のメッセージの中で、今の「生」は本物の「生」ではない、イエスキリストを受け入れて、生まれ変わり、永遠の「生」それは、肉体の永遠性でなく、「スーパーナチュラル」な「生」を手に入れようという良く聞くメッセージの中の一つだった。

supernatural  
sùper・nátural
━━ a., n. 超自然的な, 不可思議な; (the ~) 超自然的な力[現象,経験].(EXCEED 英和辞典から)

妙に、英語の「スーパーナチュラル」と言う言葉にひきつけられた、通訳が翻訳した「超自然的な」でなくふ~んと反応してしまった。前も、書いた事なのだが、「飛躍」がなければ信仰は成立しない、そう、スーパーナチュラルじゃなくっちゃ。

わたしは、いつも「諸行無常」に生きてきた。実にナチュラルにーしかし、時には抵抗する。戦時のようになってきた日本や、憲法改正案などにはね。かといって仏教徒でもないが。

諸行無常 (仏)仏教の基本的教義である三法印の一。この世の中のあらゆるものは変化・生滅してとどまらないこと。この世のすべてがはかないこと(大辞林 国語辞典から)

いやはや、自己矛盾に富んでますね。なんでゴスペル唄うんや~と人に言われます。こんなに世界で宗教国家が戦争してるってのにね。

日本にいるから、歌ってるんだと思ってます。アメリカでなら、歌えない。

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2005年07月06日

竹二胡ワークショップ

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ゆうひ(久々)

今日は、毎日文化センターで4回完結の竹二胡つくりワークショップを終えた。最終日は、演奏なのだが
初めて、二胡の弦に弓を通す、音を鳴らす・・自分だけの楽器で音楽を奏でる。これは、すてきな初めての経験。

自分が作ることの出来る楽器というのは少ない。ごくおもちゃのようなのは、出来るだろうけど、竹二胡は
結構本格的で、この製作シリーズを何回か重ねるうちに、いろんなバージョンUPが行われてきた。

これはうちのテジョン・タイティエンの苦労の賜物で、より作りやすく、いい音のでるような改良がされた。
いつものことなのだが、この楽器製作をする前にする仕事がたくさんある。
調律のように、カバン一つ、カラダ一つでどこにでも行き、出来る仕事と違い、教えるまでにすることが本当に山のようにある。

楽器のキットを作ると考えてもらえばよいと思う。
竹は、切り出しから行う場合もある、購入したとしても油抜きといって、湯煎や火にあぶって水分をとばす、あとで割れが入りにくいように行うのだが、人数分用意するのは時間がかかる。
あとの部品もあらかじめ、一定の大きさにカットしておいたり、小物を一人分ずつセットする。これで、何日も要するから、決して効率的な仕事ではない。

けれど、作る喜び、音に触れる喜び、そういう素晴らしい反応に出会うたびにこの仕事におもしろさを感じる。毎回、受講者の方々はそれぞれ違うので、クラスとしてはいろんなカラーが出るのだが、今回のひとたちは、非常にフレンドリーで、お互いを支えあい、教えあい、わきあいあいと、いいムードをかもし出してくれた。

こうして、人がものを作るのを手伝っていると、いろんな人のペースがあり、考え方もあり、どれひとつをとっても、違うものになる、手作り民族楽器の魅力を多くの人に知ってもらいたいと思っている。
みなさんお疲れ様でした。

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2005年05月19日

平和を紡ぐ音楽 松野迅さん

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今日は、調律のお客さんの招待で「タイのエイズ孤児のためのチャリティコンサート」に行って来た。感謝です。
ヴァイオリニスト 松野迅さんが中心となって行われたコンサートだが、タイのチャヤシリソボーン夫妻の声楽をとりまぜて、親しみやすいコンサートだった。

いままで、松野さんの演奏を保育園で聞かせてもらったことはあったが、今回、上手なMCでこの方の活動のポリシーを知ることができ、たいへん興味深かった。
アジアのいろんな国で、彼は演奏する。

この5月4日には、北京に行ったそうだ。反日デモでもっとも危険とされた日に。北京は、静かだった。北京では、日本のマスコミがどうして、デモばかり大きく取り上げるのか?と聞かれたそうだ。中国は大きい。人も大勢いる。オープンしたてのイトーヨーカドーには、何万人もの人が一日に訪れたそうだ。

デモ隊よりも遥かに大きく上回る、日本資本のスーパーに行く中国のひとたち。何だかへんだ。

また、韓国の障害をもったピアニスト・・両手の指が2本ずつしかなく、胴のすぐしたに足があるという身体障害。との交流。ジョイントもされているそうだ。彼女は、何故障害を背負わなくてはならなかったか?

それは、枯葉剤の影響なのだった。ベトナム戦争に韓国軍が参戦していたことを知る人も多いし、枯葉剤被害者の動きを知るひとも中には、いるかもしれない。けれど、「はっと」したのは、松野さんの言ったコメントだった。

「戦争に行くということは、こういうことなんですね」とぽつんとひとつ。
考えてみたら、戦争につかわれた殺人のための道具は、加害者も被害者も選ばない。さらに悪い事に、その時代にかかわっていない子供世代まで、あるいは孫の世代まで、殺しつづける。

戦争はいちどはじめたら、終わりがない。アフガンだって、イラクだって、地雷の沢山残されたカンボジアだって、この日本だって、原爆症を残した。この大地をどこまでも、汚染させていくのが、人間の醜い殺人の企てだ。

松野さんの活動は、音楽を運ぶだけでなく、国と国があゆみよるように、やわらかな感性であちこち出かける。タイの支援もその一つ。音楽が国境をこえるように、人と人が繋がればいいのに。こういう人が大勢増えて欲しい。

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2005年04月22日

マデリン・ペルー  "careless love"

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MADELEINE PEYROUX "careless love"

マデリン・ペルーCDを買った。ほぼ衝動的に。FMで聞いた一曲が引っかかった。久々にわくわくし、しっとりと、夜の静けさを楽しむ事ができる曲のかずかず。

この人の声は、ビリーホリデイの再来と言われているらしいが、声だけ聞くと年齢も容姿も写真とはかけ離れている。なめらかな、声。なつかしいけれど、新鮮な声。

わたしも一時、クラシックJAZZをよく聞いた。ビリーホリデイやもっと古くさかのぼり、ベッシ-スミス。このCDのタイトル曲もベッシ-スミスの歌ったものだ。ヘレン・ヒュームス、アルバータ・ハンターこの辺も聞いた。

すごくブルースフィーリングのある、JAZZの歌声は、すーっと、染み込んでくるように、耳に入って聴いているという感覚すらなくなり、自分のいる場の一部となっていく。ひさびさ秀逸のCD。

音楽を選ぶ時。とくにCDを買う時、昔はレコードを買う時、みんなどういう基準で買うのだろうか?
レコードの時は、よくジャケ買いをした。いいジャケットは、いいレコードという通念があるから。今は、CDで、ジャケットが小さくなって存在感がわからないんだな。ジャケットが訴えてくるっていう感覚がね。
そして、参加アーチストを読んで、なかば賭けの気持ちで買ってくる。

昔は、一枚一枚がなけなしのお金で買うものだから、スリルもあったな。心斎橋に坂根楽器店というのがあったのだけど、いつもそこで、ブルースやニューオリンズものやキューバ音楽やいろんなレコードがそこにはあって、音楽仲間はひいきにしていた。

ある日アラン・トゥーサンのアルバムをバンドメンバーが同時に4人ほどおそろいで買っていたことがあった。なんで一緒に買ったのかはなぞだけど、たぶんカットアウトか何かで、廉価品だったのだろう。でもみんなで、ジャケットもって並んで座っている図を今も思い出す。

えらく話しがそれてしまったけれど、そんな風に、すてきな風景も思い出させてくれた、マデリンは聴く価値ありですよ。

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2005年04月15日

海を越える唄

先ほど、「たけしの誰でもピカソ」というTV番組を観ていて思わず、こころをくすぐられた。

番組のたけしを尊敬するイ・ビョンホンとたけしの対談もそれはそれで、映画というツールでか~るく国を越えた人と人のつながりを感じたが、その後の宮沢和史の短い特集はもっとこころを高揚させるものだった。

「島唄」が世界を駆け巡っている。という

「島唄」作詞・作曲 宮沢和史

でいごの花が咲き 風を呼び 嵐がきた

でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐がきた
くり返すくぬ哀り 島渡る波ぬぐぅとぅ
ウージの森であなたと出会い
ウージの下で千代にさよなら

島唄ぐぁ 風に乗り 島とともに 海を渡れ
島唄ぐぁ 風に乗り 届けてたぼれ わんくぬ涙(なだ)ぐゎ

でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ
ささやかな幸せは うたかたぬ波ぬ花
ウージの森で歌った友よ
ウージの下で八千代の別れ

島唄ぐぁ 風に乗り 島とともに 海を渡れ
島唄ぐぁ 風に乗り 届けてたぼれ わんくぬ涙(なだ)ぐゎ

海よ宇宙よ 神よ いのちよ このまま永遠の夕凪を

島唄ぐぁ 風に乗り 島とともに 海を渡れ
島唄ぐぁ 風に乗り 届けてたぼれ わんくぬ涙(なだ)ぐゎ

ウージは、さとうきびのこと。
宮沢は、沖縄戦のひめゆりの学生達のことを知り、唄にした。日本で唯一の地上戦となった沖縄で、借り出された学生たちの命は、戦争が終結して解放の宣言がだされたあと、米軍に何をされるかわからないという恐怖のもと、あるいは、ガマで日本兵に強要されて、自殺をすることとなった。

この唄がなぜ、世界にことに、ポーランド・ブルガリア・ロシア・アルゼンチンと日本にとってとおい欧州で拡がることとなった理由については述べていなかった。ただ、音楽が、かる~く国をこえていることは、承知のことだけれど・・・何せ、クラッシック音楽というのは、西洋音楽ですからね。

けれど、日本のしずかな反戦歌とでも言える。千代に八千代に誓った、友人との絆も、皇軍の名のもと、多くの日本兵に命をおとされる皮肉な結果となった沖縄。千代も八千代も別れのキーワードになっている。

今、ざわついた、粗っぽいナショナリズムにゆすぶられる日々である。国は、ほんとうは人間同志では軽くこえられる概念に過ぎないのに、それぞれの政治にあやつられる思考から自由にならなくてはならない。自分が何者かは、国が決める事ではない。

そういう気持ちでありつつ、国の勝手な意志は許さない。

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2005年02月28日

歌う自由、歌わない自由

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22日の朝日新聞で見た記事で初めて、幻の国歌「われら愛す」を知った。
同記事より引用 「1953年現サントリーが「国民の誰もが愛唱し、勇気づけられる歌を」と新聞広告で「新国民歌」を全国公募した。」

そして生れた、「われら愛す」芳賀次郎作詞 西崎嘉太郎作曲。当時は、ラジオ、歌声運動で拡がりうたわれたが、いつしか人々の記憶から消えた。しかし、一部の学校で歌われていたり、千葉県の幼稚園で
湾岸戦争が始まった90年から10年間合唱していたというから、驚きだ。

この歌をみなおそうという動きがでていて、「われら愛す-憲法の心をうたった“幻の国歌”」(かもがわ出版)がCD付きで発売された。

歌詞は次のとおり

1、 われら愛す
   胸せまるあつきおもひに
   この国をわれら愛す
   しらぬ火筑紫のうみべ
   みすずかる信濃のやまべ
   われら愛す涙あふれて 
   この国の空の清さよ
   この国の水の清さよ

2、 われら歌ふ
   かなしみのふかければこそ
   この国のとほき青春
   詩ありき雲白かりき
   愛ありきひと直かりき
   われら歌ふをさなごのこと
   この国のたかきロマンを
   この国のひとのまことを

3、 われら進む
   かがやける明日を信じて
   たじろがずわれら進む
   空に満つ平和の祈り
   地にひびく自由の誓い
   われら進むかたうでくみ
   日本のきよき未来を
   かぐわしき夜明けの風を

3月卒業式・4月入学式。この時期にこころがざわざわと騒ぐ。
自分の住んでいるところのことを、日本というエリアとよぶ。そこに住んでいるから、日本人というだけ。
このエリアで、魅力ある文化がそだったりしたならば、伝えればよい。間違いをおかしたなら、誠実にあやまり許しをこえばよい。と思っている。

誰かに、強制されて、音楽を押し付けられるのは嫌だ。なによりも、小学校の時に我が子が言い放った。
「歌いたいと思わない歌は歌わへんだけやん」そのときの多くの仲間とともに歌わなかった。「歌」としては勝手に「国歌」に決め付けられた。例の君が代である。

「われら愛す」が聞いてみてどうなのか?それは、この本を手に入れてから、また、書くことにしましょう。

人は歌をうたいたいときに歌うものです。義務感で歌うものでなく。
そんなこころの奥底のことまで指図されるようになったら、恐ろしいって思いませんか?

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2005年02月21日

二胡は難しい!

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賈鵬芳(ジャーパンファン)ベストアルバム「二胡Ⅱ LOVERS」

実は、テジョンは賈鵬芳先生の弟子である。最近では、映画「Lovers」でもつかわれた二胡奏者で、日本では、かずかずの仕事をしている。たいへんな先生なのだ。

今日はお弟子さん約120名の発表会であった。これを前半だけ聞かせていただいた。
二胡は、日本でブームなって世に知られたのが新しい楽器の一つだがブームになって、今は女子12楽坊のおかげで、ようやく、一般の人にもわかってもらいやすい楽器となった。

でも、これは難物だ。ピアノのように固定音楽器では、悩む事がない、ピッチ取りがたいへん難しい。バイオリンやチェロだってそうじゃない?といわれれば、そうなのだが、この楽器が西洋の楽器と大きく違う点は、
弦を指板に押し付けてピッチをつくる西洋楽器に対し、二胡は、弦はつねに浮いているのだ。ちょっと圧の掛け方が違えば、ピッチは変わる。

これを、ブームによって大勢の中高年層も含む人々が初めて手にする。調律師のテジョンだって、音つくりのプロなのに、二胡のピッチをコントロールするのは至難の業だ。そして、発表会では、主に5人以上のグループで演奏し、中には、果敢にソロをする人もいるといった様子だった。

ようするに大勢で演奏する方がピッチのばらつきは、おとの幅となり、違和感を吸収しやすい。しかし、大変そうだね。いっそ、元気に、開き直って明るく、演奏すればもっと、聞くほうも気楽に楽しめたかもしれない。
でも、たいへんな検討振りだった。大人が必死になる姿は、嫌いじゃない。みなさんお疲れさま~!!!

ブルースギタリストが、なんかフレーズがえらくフラットしていて気になるときがあるけど、それは、モード的な問題かね?ブルースギタリストがいたら教えてください。

それはともかく、賈鵬芳先生が白いスーツで初めにあいさつしたとき、ジョンレノンみたく、背が高く、なかなかイケておりました。

賈鵬芳ホームページに、詳しいプロフィール、ディスコグラフィーが有ります。
アドレスは、http://www.jiapengfang.com/jindex.html

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2005年02月17日

映画「RAY」

ついに、今日映画を観た。わたしがRay Charlsについて知ってた事ってなんだったんだろうか?と思った。そりゃ、数々のヒット曲を知っている。レコードも持ってる、CDもある。けれど、リアルタイムでヒット曲を知ってるわけではない。

そりゃ、日本に来てコンサートで聞いた時も、いつも変わりないヒット曲のオンパレードでごきげんだったけど。その曲は、もう、スタンダードなものたちだった。

目が見えない音楽の巨人。目が見えないことが、RAYそのもので、その苦しみを知ることもまたなかった。
アメリカ南部で生まれ、バスの座席もトイレも白人と差別されていた頃のジョージア州に生れ、盲目であることで、数々だまされたり、放っておかれたり孤独になった時もあった。

目がみえないことも中途障害であることも知らなかった。9歳で視力を失う。弟を自分の目前で亡くしたトラウマをかかえ、当時の多くのミュージシャンが陥った麻薬中毒にもなる。どうして一人で生きてきたか?その物語は、数奇な運命でいろどられ、数々の女性を愛した。この時代。1950年代。

この映画は、ブラックムービーでもあるとも思う。ちょうど、「マーチン・ルーサー・キングJr.牧師 誕生の日」の記事を書いたときに紹介した、バスボイコット事件を扱った映画「ロングウォ-ク ホーム」のプロデューサーであるTaylor Hackfordが監督をしている。同時代のアメリカ黒人の歴史の一片でもあるRAYの生き様は15年間企画を暖めたという、監督のRAYに対しのて真摯なそして熱き思いが込められている。

ゴールデングローブ賞を取ったとき、Jamy Foxは、スピーチですべての黒人に捧げるというようなことを言っていたと思う。記憶が定かでない・・が。そう偉大な彼らの誇り。

そして、数々のヒット曲が愛人にインスパイアされた曲であったり、歌詞の意味と映像のシチュエーションが示されると「そ~なんか~」と妙に納得であった。そんな風にして歌は生れた。

アトランタレーベルとRAYとの出会い。ロウエル・フルソンのバンドメンバーだったことなど、知らなかった彼の人生をなぞって魅力あるそして、重みもある、素晴らしい存在であったことを知れることができて幸せだった。

このことは、1978年に出版され、映画公開と同時に日本語訳版が出版された「わが心のジョージア~レイチャールズ物語」に詳しいようだ。また、手に入れようと思っている。

最後にGeogia On My Mindについてだけ・・・。この曲がヒットした頃、全米盛んにツアーをまわっていた頃、ジョージア州に訪れた。このとき、まさにアメリカ南部の公民権運動も盛り上がっていた。だが、レイチャールズのコンサートで黒人たちは、決められた後の席でしか、レイを聞くことが出来なかった。
このことを受けて、レイはジョージア州のコンサートをキャンセルした、多大な賠償金を払って。そして、ジョージア州からは、この生誕の地を訪れてはいけないと、通告された。

この歌が、ジョージア州の州歌であることは、有名だが、それは、70年代になって、ジョージア州がレイに謝罪し制定されたものだったというストーリー。公民権運動。南部のアメリカ。黒人の音楽は、聞いても生活をともにしようとしなかったアメリカの差別。

それが、ジョージアのストーリー。わたしのジョージアのストーリーはもっと個人的だけれど。エンドロールで、随分、音間をためて、歌い始めるこのジョージア・・を聞いて、涙がとまらなかった。亡くなったレイにたいしての哀悼と、わが友人への哀悼がだぶついて。

でも、きっと天国で生演奏きいてるんじゃないかな。ジョージアをね。

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2005年02月15日

Geogia On My Mind 

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グラミー賞は、FMココロで聞いていた。WOWOWには加入していないから見れないし、音だけで想像するのも楽しかった。多分見ていたら、途中でいろいろ用事をしていて集中できないけれど、音を聞きながら事務しごとをするのはなかなかよかった。

なんといっても懐かしい人々も豪華に競演をしていたしね。とは言え、アリシアキーズとジェイミーフォックスのGeogia On My Mind は、素晴らしかった。

この曲は、わたしにとっては、並みの曲ではない。
10年前に亡くなった友人との思い出の曲である。数々、演奏し、歌った曲。いつもこの曲を歌うと、友人があらわれる。そんな日々があった。

今も、歌い続けている曲である。わたしなりにアレンジを少し変えた。でも、グラミーの2人のデュエットは素晴らしいコラボレーションで、いやあよかった。ふたりともまた、ピアノがうまいのよね。
ラジオでは知らなかったけど、これはツインピアノでのデュエットで、多分楽団はクインシージョーンズが仕切ったのでは?これは見てないのでくやしいけどわからん。

明日はついに「RAY」を見る。

グラミーではボニーレイットも、今は亡き映像と音のレイと競演した。彼女のスライドギターは大好き。
ボニーは、ブルースプロジェクトでもライトニング イン ア ボトルでも姿を見せているが、また、日本に来てほしいな~いいおばさんになっていて・・・

ブルース演るんやったら、エエ年になって、より、コクと深みの人生で色付けしてやろやないの!

と思っている今日この頃。。

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2005年02月05日

ピアノパラリンピック

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今日、「NHKの関西クローズアップ」という番組で">ピアノパラリンピックのことを取り上げていた。

実は、そのようなピアノコンクールはいままで、知らなかった。音楽に関わり、障害をもった人達とも関わりがあったが、ピアノを弾く障害を持った人というのが、あまりまわりに見当たらなかったからか?(実は、お客さんでLDの青年がいて上手にピアノを弾いている)

身体的ハンディキャップや視覚障害、知的障害の人もちょっと違うけどサバン症候群(サバンとは、はてなダイアリ-)の人やいろんな人が障害があってもピアノに向かう。

時々、人間がピアノを弾く姿をみて、挑んでるように見えるのは、単に聞くものの印象かもしれないが、彼らの姿はまさにそのように見えた。身体的にハンディのある人は、例えば手にマヒがあったり、片腕を切断していたりする。非常な努力で、「弾く」という行為を連綿とつづけていく。

弾くことそのものが、自分にとっての努力目標であり、かなでることによって自己を表現できる。そして、充実感を得る。楽器とはつくづく、不思議な道具だと思う。そもそも音楽の存在だってそうだ。きっと人間の根源的な欲求に音楽が位置付けられるのだろう。

そう言う姿を見ると、すぐ鍵盤をさわりたくなる。ここのところ、相棒が名誉の負傷でギターが弾けないのでピアノ練習をさぼったりしてた。だめだなあ~。根性いれてやらなあかんな。

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2005年01月09日

音楽映画ぞくぞく上映

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映画「RAY」から
(C)2004 Unchain My Heart Louisiana,LLC. A Universal Release All Rights

音楽映画が充実している。昨年のThe Blues Movie Projectも第2シリーズの公開が迫っている。映画館は心斎橋パラダイススクエア
1月15日から28日まで。なんと、シリーズ第1段で公開のソウル・オブ・マン、レッド、ホワイト&ブルースも上映される。上映の時間が日替わりなので、チェックして下さい。(1/15訂正)

その残り2作品は『 デビルス・ファイヤー 』 チャールズ・バーネット監督

そして 『 ゴッドファーザー&サン 』 マーク・レヴィン監督 出演: ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、ココ・テイラー、サム・レイ、マジック・スリム、チャックD、コモンほか 。この映画はBluesとHIPHOPの出会いを描く。

また、「ライトニン・イン・ア・ボトルマーチンスコセッシ監督総指揮。ブルース生誕100周年となる'03年 2月、NYCラジオ・シティで行われた豪華アーティストによる一夜限りのブルースの祭典。梅田ガーデンシネマで2005年公開。

まだある。映画「RAY」OS劇場C.A.Pで1月29日より公開。昨年亡くなったレイチャールスの自伝的映画。レイチャールスを演じるジェイミーフォックスは、とってもよく似ている。(予告編をみた)。声質も似た感じで、こもったような低い声をしている。これは、ドキュメンタリー映画ではないが、期待大!

もひとつおまけに「食べる・聴く」さんのブログで見つけた「フェスティバル・エクスプレス」。こちらは、黄金の70年代ROCKの華々しい姿を焼き付けたドキュメンタリー映画らしい。あのころのアメリカの音楽シーンは、あこがれだった。

今なら、すこし冷静にあこがれだけでないアメリカを見ているのだけど、音楽にわくわくした時代の音を聞くと、すべて吹っ飛んで、その時代の自分に飛んでいってしまう。

上映スケジュールをチェックしながら、さて、どこまで見れるでしょうか?少々、うれしい悲鳴。

さらにsoul fan必見の映画見つけました。
ソウル・サヴァイヴァー」梅田ガーデンシネマ2005年3月 レイとショーで公開ということなので、うっかり忘れてしまいそう。60~70年代のソウル黄金期を支えた9アーチストの数奇な運命と現在を追う(goo映画より引用)

9アーチストとは?ジェリーバトラー、アイザックへイズ、シャイライツ、サムムーア、アンピープルズ、ウイルソンピケット、カーラトーマス、ルーファストーマス、メアリーウイルソン(あれ10ある)

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2004年12月15日

音楽家の社会活動

音楽とのかかわりをしていると、音楽が人間の生活/生きることに与えるエネルギーというのは想像できないくらい大きいとつくづく思う。

人間の脳みそ/感情にダイレクトに働きかけるのが音楽。

そんな音楽をつむぎだす人々は、それゆえに言動も注目される。音楽を使って社会運動をしている人もいる。

アメリカのロックミュージシャンが大統領選で活動していたことも記憶に新しい。エイズ撲滅キャンペ-ンや、”We are tha world"を覚えている人もあるだろう。ベトナム戦争のころも、プロテストソングは流行った。

日本では反戦フォークか・・学生運動も盛んな60~70年代。

しかし、このところ日本のミュージシャンの動きはどうか?
坂本龍一さんが先見日記に今年4月のころ平和メッセージを出している。

また、ソウルフラワーユニオン/ソウルフラワーモノノケサミットは、かねてから政治的なテーマを前面に打ち出すバンドだが、中川敬さんが非戦音楽人会議を準備していおり、多くのミュージシャンがすでに賛同している。

多くの人が、自分達の平和への思いが政府につたわらない苛立ちをかかえて生きていると思う。そして、何ができるかそれぞれ探っていることをとても感じる。そして、音楽はとても有効な手段だろう。

実は私は、こどものころアメリカのロックバンドChicagoが大好きだった。ちょっと背伸びをして、彼らのメッセージ性のある歌詞に魅入られた。きっとすごくかっこいいと思ったのだと思う。
反体制の象徴としてのロックミュージックというのが、学生運動からおくれて生れた世代にとって、あこがれもあったのだと。

えっ?あれから全然成長してないって?・・・かもね。

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2004年12月08日

Imagin

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Imagin/Jhon Lenon

Imagine there's no heaven   
it's easy if you try
no hell below us

above up only sky
imagine all the people
living for today...

Imagine there's no countries
it isn't hard to do
nothing to kill or die for
no religion too
imagine life in peace...

Imagine no possessions
I wonder if you can
no need for greed or hunger
a brotherhood of man
Imagine all the people
sharing all the world...

you may say I'm a dreamer
but I'm not the only one
I hope someday you'll join us
and the world will be as one

ジョンレノンが死んで25年という今日は太平洋戦争の開戦の日でもあった。

毎年この時期になると、そうか~と感慨もなげにおもうのだが、今年はちょっと違う。
毎日、仕事で車を走らせているときFM CO ・CO・ LOを聞いているが、今Love&Peaceキャンペーンを行っていて、これで、ImaginやWhat’s Going Onなどが何度かかかっている。これを聞くと自衛隊派兵延長を思い出して暗くなってしまう。

イマジンの世界は非現実か?夢のように思うかもしれないけど、ただひとりの考えでなく、いつかみんなが加わってくれる。そして、世界は一つになる。と歌詞の最後にある。

そうただ一人で、思い悩んでるのではなく、意見広告の会劣化ウラン廃絶キャンペーンなどの賛同をしているうちに多くの人が、自立した気持ちで動いていることを知ることが出来た。

本当の民意、市民の声というのを求めようと街頭で、シールを使い、自衛隊派兵反対・賛成の声を集める運動をする人もある。今日の朝日新聞でも取り上げられていた。

それぞれのアイデアで意見を表明している昨今。あなたにもそんなチャンスはありますよ!

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2004年12月04日

ゴスペル コンサートのお知らせ

管理人所属の(現在さぼりっぱなし)ゴスペルクアイア、ハーレムJPクアイアがクリスマスコンサートを行う。

キリスト教信仰については、つねに考えっぱなしのわたしだが、この日本という特異な宗教環境において、キリスト教というのは、つねに、不思議な立場にいたと、考える。

勿論、現在のアメリカのキリスト教リバイバル、福音派の右派勢力は、NO!!だが、世界各国でいろんな形でキリスト教は存在している。この日本でゴスペルがブームになったのはどういうわけだろう?

黒人のコーラスがかっこいいから。パワーがあるから。いろいろ入り口はある。だが、その歌がキリスト賛美そのもの以外の何者でもないというのは、英語が苦手な日本人でも、意味をちょっと考えてみれば歴然とする。それを知って、単にハッピーで愛のことばかりを歌ってるだけではないということがわかる。

だが、わかっていても、歌の力はすごい。かねがね、歌、音楽は人間にほんとにダイレクトに訴えかけるのでトランス状態になるのも、わかる。高揚させ、気分よくさせる。一体感を生み、感動する。だから、宗教で音楽は切り離せない。

指導する黒人の講師達は、空気のように子供の時から信仰してきた。彼らから信仰を取り除くなんてことは、死ねというのと一緒だ。神とともにある人生。だから、彼らから教わるゴスペルは本物で、それゆえ、とまどうくらいの敬虔さなのだ。

わたしにはないものだ。真逆に、何者にもなろうと思わないわたしである。無神論者ではない。人間はなにか、超然的なものを必要とすると思うし、頑なに神を拒んでいるわけではない。そんな人間にも歌うことができるかどうかは、それこそ、「神のみぞ知る」なのだが。

そんな、ハーレムJPクアイアは、クリスチャニティ-の高いクアイアの部類である。だからこそ、そのコンサートは熱い。そんなコンサートの音の中に入ってみませんか?
不思議に癒されると思うのだけどね。以下がインフォメーションです。Check it out !

Harlem JP Choir Christmas Concert 2004
 ~ クリスマスの喜びを、黒人教会のGospelサウンドと共に・・・ハレルヤ!!
 12月23日(木)pm3:00 大阪クリスチャンセンター
   (JR玉造駅近く・大阪女学院横)
 前売り 2500円 当日2800円 
 ゲスト Butch Heyward / Joe Joe
HJPの2枚看板ビッグアーティストが分厚いサウンドを演出
贅沢な音色とHOLYな空間を体感してください

投稿者 pianocraft : 00:24 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月16日

ついに来る!The Blues Movie Project

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SOUL OF A MAN
大阪にやっとThe Blues Movie Projectの映画がやってきた。梅田ガ-デンシネマで昨日、2本を見てきた。

以前の日記BLUES PIANOでクリントイーストウッド監督の「Piano Blues]のことを書いたが(この作品だけ、監督の意向で映画の一般上映はされない)、友人からWOWOWの放送の録画を譲り受けたものだった。もう1本、「Red White & Blues」も同じく入手済みで、今回、映画も公開となっているが、既知なので、これははずす予定。

今回観た2本は、「Feel Like Going Home 」マーチンスコセッシ監督作品と「Soul Of Man」ヴィムヴェンダース監督作品だった。

ガーデンシネマでは、一日に違う作品を順繰で上映しているので、続けてみても違う作品が見れる。

どちらの映画も音がガンガン入ってくるので、幸せだった~
「Feel Like Going Home 」は、ブルースの起源への旅で、西アフリカに、アメリカでブルースという音楽になった、アフリカ音楽の要素などを追っている。アメリカへ奴隷として連れてこられた人たちは、彼らの音楽の重要な要素である「太鼓」を禁じられる。白人社会が黒人の反乱をおそれて行ったことなのだろうが、だが、ギターをつかって、サンハウスが使う奏法で、弦をたたきつけるようなものがあるが、そういう形でリズムを残したのではないか・・・という考察だったと思う。

また、この映画に登場する、笛をふくブルースマン、オサ・ターナーは、ドラムとともに独特の音楽を作り上げた。ブルースというより、アフリカのメロディーやリズムをかなり、再現したものなのではないだろうか?

アメリカは、アフリカ人から色んなものを奪った。アメリカにつれてこられて・・・。でも、彼らの文化は奪えなかった。白人は新しく、キリスト教を彼らに教えたが(これも奴隷の生活の不満から反乱されるのを恐れて、白人が信仰をすすめて、統治しやすくしたことが始まり)この違う宗教の中にも自分達のアイデンティティーを示す音楽を生み出していった。

ブルースとゴスペル。ブルースのなかにもゴスペルはあった。彼らはつねに神とともにあった。

「Soul of man」これは、3人のブルースマンにスポットをあてた、作品。
ブラインド・ウィリージョンソン、スキップ・ジェイムス、JBルノアーの3人。
そして、現代のミュージシャンがこの3人の曲を再現している。

それぞれの人生をたどり、影響をたどる。わたしの愛するボニーレイットも登場する(喜!)
いろんなミュージシャンがでてくるのが、楽しいがボニーはやっぱりウマイ!と思う。
スライドギターを弾かせても抜群だが、歌も彼女のものにしていて味となる。年を重ねていいおばさんになっていて、ますますいい感じだ。

初期のブルースマンは、1930年代にその存在を知られ、初めて録音された。でも、当地のアメリカではなく、イギリスのミュージシャンに注目されたことから、アメリカでも再評価され、発掘のような形で、貧しく、どこかで皿洗いしていたり、病気で入院しているところを見つけられ、ニューポートJAZZフェスティバルなどで、注目されることとなる。

でも、やはり、彼は貧しく、奴隷時代から、公民権運動の時代を生き、音楽で生活のお金を得ることがほとんどないまま、1960年代になくなっている。そういう人生を映画では追っていた。

でも、音楽はめしを食うためのものではなく、なくてはならないものなのだ。ということを、あらためて知らされた。それが、生きるために必要だから。
ブルースなしでは生きられない。生活のあらゆることがブルースに歌われ、歌うことで癒された。

そう。音楽なしでは生きられないさ!

あと1本は、後日見ます。
来年には、「GODFATHER AND SON]
また、ライブコンサートの映画もやってきますよ~

b'Rock 'N' Roll Animal Reviewさんからトラックバックしていただきました。有難うございます。
Bonnie Raittのアルバムをプレビューしておられます。

ボニ-レイット好きとして、捕捉をしておくと、最近ではレイチャールスの遺作となった「Genius Loves Company 」で、一曲共演している。

わたしの友人にもボニー好きは多く、なんせデビューからのファンなので、思い入れがあるレコードも多い。(その頃はレコード)わたしのベストは73年の「Tikin' my time」。デビュー作の「Give it up]も捨てがたい。若くてざらついたハスキーな声が、今の円熟した歌声と一味ちがってまた良い。

ボニーの公式サイト(英語)は、こちら非公式サイトも歌詞、コード譜のページがあったりして、演奏する人には便利かもしれない。

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2004年10月13日

Blues Piano

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ゴスペルを通じた友人から念願のWOWOWオンエアのみのクリントイーストウッド監督の”PIANO BLUES"のDVD録画をもらい、感涙!泣けてくるさ!この中にあるのは、ピアノがブルースのためにあるとでも思わせるような、技巧であり、グルーブであり、88の鍵盤がいかに饒舌かということの証明でもあった。

この友人とは、先日のオスカーピーターソン公演(オープニングアクト上原ひろみ)に行っている。実物のオスカーピーターソンはもう、80にもなる高齢で、さすがに技巧派のきらびやかさからは遠ざかっていたものの、バラードではいつも好んで演奏するというベーゼンドルファーに向い、実に叙情的な、こころに響く演奏を聞かせてくれた。その一曲は「レクイエム」というタイトルで、先日亡くなったレイチャールズやレイブラウン(その他の名前も言ったけど聞き取れなかった)、の追悼のための曲であった。

このオスカー・ピーターソンも映画の中では元気にバリバリバリバリ弾きまくっている。亡きレイ・チャールズもイーストウッド本人からのロングインタビューで「That's right !]などと、合いの手をいれながら、いい顔しておしゃべりしていた。こんな、姿は、初めて目にする。

この映画には、わたしが初めて若い時にきいてブルースをコピーした、オーティス・スパンやニューオリンズのプロフェッサーロングヘアー・・・へろへろ声で歌う姿をこれまた初めて見た。大好きなDr.Jhon。そうそうファッツドミノのベースラインも一生懸命練習した。ナットキングコールがあんなにピアノが上手だとは知らなかったし、アンドレ・プレビンとオスカー・ピーターソンのデュエットピアノも良かった。

教会にはゴスペルがあったが、日常にはブルースがあふれていた。そんな昔の光景をいろんなピアニストが明かす。最初にレアなブルースを聞いたときの「違和感」を懐かしく思う。今は私のルーツミュージックの如くになっていて、長い間聞くのをわすれていたけど、久しぶりに映画の中から映像ともに流れ出るブルースを聴いて「ああ~これやんか!」と思ってしまった。こんな時が至福の時である。

オスカー・ピーターソンの公演の話に戻るが、オープニングの上原ひろみはやはりすごかった。ぐっちゃ~と不協和音がはいったり、むちゃくちゃ早弾きしたりするのは、若く元気でとてもよい。まるでギタリストのような早弾きをする。指がまわるまわる。わくわくするスリリングさでやはり、CDよりも好きになった。上原ひろみは、オスカー・ピーターソンが好きでジャズを始めている。

世界と世代をまたぎ、めぐる、ブルース。ジャズ。いつもその人のものであり、どこにもありそうでないサウンド。リズム。わたしはどうも、この種の音楽は腹や臓器にぐんと響くが、クラッシック曲は頭で上滑りする。それぞれ好みなのだけど、若い時にしびれたものは、永遠に自分に抗体反応を残していく。何かを刷り込んでしまうのだね。きっと。

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2004年09月10日

70年代

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ちんどん隊@ダイキン

今日の写真は、8月の祭りでのちんどん隊の勇姿である。人に注目されるということは、舞台ではあるが、歩いているところに人が寄ってくるてな感覚はあまり味わうことがない。至近距離で、音をかき鳴らす楽しさなんてのもあるよね。

やっぱり、ストリートとかやってみたくなったり・・・(いくつやねん!)

音楽は人をある境地に引き込む。
そんな大そうな・・・と思うかもしれないが、今日はたまたま美容院に行った。そこの有線に流れていたのが70年代Rock&Popsだった。ふつ~に、聞き流して・・・おれない。
ちょっと洗髪とかで、目をつむっていると、どんどん音楽が入ってくる。

もう、あらためて自分でコンピレーションCDなど買ってまで、70年代ロックを聴こうとしないのだが、その時期をリアルタイムで過ごしたということは、特にすきなアーチスト(今はこういうのだが、バンド達だな)でなくとも、ヒットチャートで聴いていて、いろんな曲を知らないうちに覚えている。そういうたぐいが、流れつづけると「癒される~」と思った。

いまCMの世界でも、同世代が作り手となっているせいか、やたら70年代ロック音楽を多用している。商品の購入層と併せ持って、そそりやがるのか・・・・!

まあ、やはり音楽は力強い。人のこころのなかまで、ぐっと入り込んでしまう。色んな意味で、すごいとおもうな。

書くのを忘れてしまった。昨日、わがピアノクラフトワークにふらっと若者が2人現れた。HPでびよよ~んを見て、作りたいとのこと。テジョンの指導のもと、新バージョンを作っていった。その他の楽器もつくって、楽しくすごしていただいた。子供達や大人(結構年齢層高め)のWSはよくやるが、20代の人たちと、一緒に作ることはいままでなかったことだ。

若い人には、メールをもらったり、関心のある人もたまにはいるが、へんなことがすきな若者もきっといるんだろうな。音楽だって、へんな楽器をつかって、新しい音楽をやってほしいな~
そんな期待ももった。

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2004年08月27日

9月には復活を

ひゃっほ。相棒が帰ってきた。ペットロスから立ち上がり、あたらしいネコパートナーを得て。

音楽をするのに、一人で歌って、ピアノ弾いてりゃいいじゃん~。と思う時もあるのだが・・・怠け者と、夏のイレギュラーな生活で全然覇気をなくしちゃった。

夏は疲れる。夏は、特別なこつこつとした計画を反故にしてしまう。

なつかしい音楽もお年寄りにきかせたいけど。

自分のすきなのをやるのもまた元気が出て。

なんにもする気がない時は・・映画を観た。
この秋に登場する。映画 THE BLUES Movie Projectは、わたしの音楽ベースになっているBLUESを堪能できる映画のようだ。東京では公開されているし、ブログもある。

ここ2日で、「オーシャンオブファイアー」「シービスケット」をDVDで見た。どちらも、実話、お馬さんのお話。アメリカがいろんな意味で活気のあった時代。

楽しみにしておこう。そう。Bluesを演ろう!

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2004年08月09日

週末は2大イベントだった

8月7日は、先日予告のとおり。GOSPEL平和の祭典だった。コンサートの間中私は、イラクの写真展をロビーで行い、池上宗徳さんのDVDも、コンサートのちょうど中間に流された。

ただ、オリジナルの音を用いず、我がHJPの講師であり、今回ホイットニー・ヒューストンのワールドツアーのためピアニストとして同行しており、駆け足で香港から、日本に寄ってHJPを指導した、シェドリック・ミッチェル氏が、映像とコラボレーションしてくれた。

また、違った印象だった。アメリカ人の彼にとっては、私達とは違うイラク戦争にたいする、考えがあるだろう。だが、すべてを越えて、イラクの人の命のこと、平和の事を思うという点において、どんな論理も関係はない。

命がいちばんであることに、平和を祈るということに、迷いや違いなどあってはならない。

池上宗徳さんについて、前回詳しくのべなかったが。そもそも、彼の存在をしったのは、イラクで拘束された日本人3名のうちのジャーナリストである、郡山総一郎さんの講演集会で、である。

その郡山さんと友人である、池上さんはその日、自分の作品のDVDを持ってきていた。タイトルは、「IRAQ WAR}惹かれるように、買い求めて、家で見てみた。

その映像は、とても静かで、悲しい。イラクの2003年5月頃の映像である。昨年の3月戦争がはじまり、陥落後の。それからも、休むことのない、テロリスト探しという、民間人への襲撃がいまだに続くことは、承知のとおりだ。

悲惨なのだけれど、美しい。あまりにも残酷すぎて、目を覆いたくなるような、ところはない。
だが、残酷さを見せても、残酷さを見慣れるだけだ。感覚を失ってしまうだけ。そうではなく、ココロまで響くような、静かな静かな、痛みがそこにはつづられている。

このDVDをコンサートで上映できないものだろうか?と思い、DVDに載せられていたアドレスにメールを送ってみた。住まいがどちらなのかも、知らずコンタクトしてみて驚いた。

HJPの練習拠点の島之内教会から近いところにいらっしゃる。驚いたけれども、これは、お会いしてお話したい。と、話は進んでいき。コンサートの中で、非常に、平和に照準をしぼったかたちでのメッセージがこの映像のおかげで訴えられたと、思う。

池上さん本人は、気さくな若者で、コンサートのオープニングに顔を出してくれた。今、彼のDVDは大阪梅田の「世界報道写真展2004」でも上映されていると教えてもらった。

是非、15日までこの盆休みに、大阪にいかれる方はノゾイテみてください。

もう一つ。8日。神戸元町1番街の手作り楽器ワークショップを行った。
お菓子のユーハイムさんのビルの一室をお借りして、トーキングドラム・ぴのきおサックス・竹琴と3種類を作ってもらった。

いつものように、手作りはすすんだが、後のセッッションタイムがなかなか、クオリティが高く。びっくりした。意図してかしなくてか・・・フリージャズっぽいのあり、アフリカンテイストあり、ワールドミュージックあり、で子供も大人も素晴らしい感性を披露してもらい、指導側は大感激であった。

商店街のみなさまお世話になりました。また、呼んでね~!

というわけで、週末、週初めは終了。
週明けたら、仕事とジム仕事が山積でまだ、手をつけられない~。どうにかしてくれ。

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2004年07月26日

Gospel平和コンサート

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夏になると、戦争を思い出す。が、この2年思い出すどころか、自衛隊がイラク戦地にいっているわけで、現実のことだ。

1945年8月6日 広島 8月9日 長崎 原爆が日本に投下された。59年前である。
いまイラクでは劣化ウラン弾が、放たれ、さらなる核汚染が人々を苦しめている。まだ、続いている現実。

8月7日にGospelコンサートを行う。わがハーレムJPクアイアとあと5つのゴスペルグループが出演。平和を祈る。

タイトルは「Spiritual Fighting]
ゴスペルはクリスチャンの音楽である。かといって、歌う人、聞く人がそうなければならないという訳ではない。

特に、日本では固有の発展を遂げたとわたしは、思う。キリスト教の入り口に誰もが立つことが出来る。キリスト教などいらんと考えている人も、多分、ゴスペルクアイアの大合唱にはなにか、わからないけど、響くものがあるはず。

祈る。というのは、宗教の信者にとっては、空気をすうくらい重要なことだ。これなしでは、生きていけない。簡単に祈れば、何でも、贖罪され、楽になれ、そんなお気楽なことはない、と勘違いしている人がいるかもしれないが、「祈り」というのは、実に深く、積極的な、働きかけである。と私は思っている。

行動する、運動する。など、物事に対するアプローチが何千通りもあるだろうが、その中で、祈るという行為は、実に力強い。

まず、祈るためには、自分以外の人や物や出来事を深く考えねばならない。それが、大切な第1歩。どうせ、関係ない。と考える「無関心」が、何を呼ぶかといえば、ご存知「戦争のつくりかた」の世界である。

ちなみに「戦争のつくりかた」は大ベストセラーになってしまった。メディアでも数多く取り上げられ、マガジンハウスからも発売されることとなった。

こうして、ゴスペルを歌うことで、訴えをしようというのがこのコンサートである。
私は、今回はイラク写真展を行います。コンサートの入り口ロビーで陣取っていると思います。また、コンサート中で、池上宗徳さんの「IRAQ WAR」のDVD上映も行います。このブログを参考にしてね。

ということで、8月7日はいろんなイベントがあるけど、ぜひゴスペルで一緒に祈りましょう。
そして、怒り、観るべきものをみ、聞くべきことをきいて、考えてください。

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2004年05月06日

ちいさいコンサート

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連休は、過ぎ去った。天気をころころ変えて、友人はこの写真のすばらしい景色に自分の足で登り、触れてきた。いっつも、建物に視界をさえぎられるちいさい街の中にすんでいると、ほんとうに体が水を欲しがるように、大きな風景をもとめている自分がいる。でも、なかなか実現できないでいるんだな。

だから、映画でぐーんと景色が広がるLOTR(ロードオブザリングをこう呼ぶ)のニュージーランドの風景に引き込まれる。ついに、8月にDVD3枚組みが発売されるので、予約してしまった。

タイトルの小さいコンサートは、島之内教会でテネーシャ(カタカナでは正確ではないらしい)のソロのコンサートがあった。敬虔なクリスチャンで、黒人教会でよく歌われる、広く知られたゴスペル曲も素晴らしかった。歌い上げて、天にむかい届く思い。強い、愛の歌。

伴奏をするブッチ氏の指先を待ま間近で見ていたが、時に、賛美歌の美しさを、時に、踊り、時に、Jazzyなコードとくるくる、華麗に変わる演奏に、うっとりした。
I Love Butchである。

歌い手とピアノの2人の音楽というのは、ほんとうに息ひとつで、動いている。ほんとうに優れた、伴奏者というのは、こういう人を言うのであろう。そんな伴奏で日頃、クアイアは歌っているのである。実に贅沢な、環境。とつくづく思う。

自分が弾き手としてピアノに向かうとき、こういう奏者にはおそらく、なれないだろうが、私は、歌と一緒のピアノがやはり好きだ。歌声という楽器は、本当にすばらしいからね。

まとまりない雑記となった。
でも、音楽に向かい合える幸せを感じる。

投稿者 pianocraft : 22:25 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月03日

高槻ジャズストリート

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TOKU@高槻ジャズストリート
本日は、気分を変えて、高槻まで足を運んだ。
今日と明日の2日間、高槻の町はあちらこちらでジャスバンドのサウンドが響いている。

実は、初めて訪れた。6年目というから、この一大イベントをよく続けてきたと、頭の下がる思いである。以前も、アメリカのミネアポリスで夏の音楽ウィークには、公演やちょっとした広場、街角、ホールで、クラッシックもふくめ、あちこちで演奏する風景を見た。

解放感のある音楽の楽しみ方。音楽があふれる幸せ。町並みが、ちと狭いが、でも、ジャズを堪能できて幸せだ。

たまたま、市民球場でスペシャルバンドの時間に居合わせた。このジャズストリートのメインゲストが、現れた。TOKU(flh)Ed Jones(T.sax.S.sax)Gray Tate(dr.)そしてピアノとベースのバンド。暑すぎず、涼しい風ふくなか、さわやかに聞くことが出来た。

良く、昔、万博公演でLIVE UNDER THE SKYというジャズイベントをやっていて、その日はお祭り広場の中は有料なので、そとの小高いところに陣取って、在りし日のマイルスデイビスを楽しませてもらったりした。

夏に向けて野外コンサートの絶好の季節だ。あちこちで気軽に聞ける音楽祭りをもっともっとやってほしいな。

投稿者 pianocraft : 21:59 | コメント (0) | トラックバック

2004年04月22日

コンサート前

イラクの人質の人たちもそれぞれである。PTSDになった人、不屈の精神の人。彼らが、政府の方針に反対するから、功績をたたえるよりも、叩き潰そうとするのか?

何度も言うが、政府のやり方はおかしい。彼らが、健康を取り戻し、活動に復帰できることを切望しつつ・・

タイトルどおり、毎日、ラストスパート状態。コンサートをやっつけ仕事でしないために、こころから、コンディションを整えるために。わが、HJPクアイアは練習を続けている。

24日は、上野芝教会でイースターのコンサート。今、映画で「パッション」が話題になっている。イエスキリストの磔のシーンでショック死がでたことを、プロモに書いてある。

イースターというのは、そういう人間の罪をイエスがあがなってくれたそのことを祝う。イエスは実在の人物。よみがえり現世で生きた神となる。肉体が存在するということでなく、生きた神。
こころで祈り、それにむかって歌う。

連日、歌詞とハーモニーラインに取り組み、車の中で大声で歌っている毎日である。

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2004年04月05日

よんよんコンサート

昨日の日曜日は、日本ピアノ調律師協会の主催する「よんよんコンサート」をお手伝いした。
「よんよん」とは、4月4日のことで、この日はピアノ調律の日ということだ。

音大を卒業した、フレッシュな方々の演奏であった。いづみホールという、生音の素晴らしいホールで、なかなかのプロフェッショナルでないとここで演奏するという経験をすることはできない。

出演者と話す機会もあったのだが、緊張やいろんな思い。いろんなコンクールをくぐりぬけてきた、優秀な若き演奏家達である。こんなことを感じてるんだ~とあらためて知ることもあった。

ピアニストのある人は、2階席の人と妙に目があってしまって困惑した・・・らしい。ピアノを弾きながら案外見えてるんだよね。ある人は、一番前に座らないで欲しい・・・ともらしていた。一番前の人に限って寝るんだよね~って。勘弁して欲しい・・・らしい。

ほんと、案外客席を感じて演奏している。ピアニストというのは孤高であるが、やはり生のコンサートというのは、観客の息や視線や、目に見えぬ感動など、伝わるものがあるのだね。そして、それに対応して演奏がより、充実したり、良くなかったり、いろいろそのときの場が生み出す、再現不能の舞台芸術というのがそこには存在している。

一人で、ピアノに向い、闘いのように挑む姿は美しい。
クラッシックもいいところがある。クラッシックといっても現代曲もあり、楽しませてくれた。
音楽が好きで、ここまできた人たちである。並々ならぬ努力の上でたどりついたポイントだけれど、これからがまだまだ長い。

音楽を表現しつづける人に是非なっていただきたい。わたしたちは、いつもサポーターだ。
調律師というのはそういう存在。

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2004年03月28日

5時間ワークショップ

本日は、午後3時~8時まで、ゴスペルワークショップであった。指導はShedrick Mitchell氏と
The Greater Alle Cathedral of New Yorkの音楽Missianary Mr Stanly氏で、なかなかむずかしいコンテンポラリーのゴスペルソングを3曲学ぶことが出来た。

わがHarlem JP Choirは、そうでなくともクリスチャニティ―の高いクアイアであるが、こうして本当のゴスペルを学ぶことを重ねていくと、キリスト教を自分の人生の中でどう考えるかを迫られるのである。

本来、信仰のないものが歌うものではない、賛美である。
ひしひしと痛みを感じつつ、知らないがゆえに知りたい本当のスピリットを追求すればするほと、深く考え、自分を追い込んでいくことがある。

ときに、強く引かれたり、ときに非常に距離をおいたりと。
精神性において、脳みそのなかでおこる化学変化のことを、どう解釈するのか?あるいは、解釈をやめて、祈るのか?

いつまでもテーマで。終わりがない。終わるときは、2つのうちどちらかの理由である。
ゴスペルをやめる。か、クリスチャンになるか。

素晴らしい音楽である。音楽は素晴らしいのかもしれない。それゆえに、宗教には必ず人間の深いところを刺激する、音楽が存在する。
音楽なくして人は生きられないのでないかとさえ思うのだが・・・・・・。そもそも西洋音楽は教会から始まる。アジアの人間は、どうなのさ?

でも、個人的には、沖縄の神様に会いに行きたいなあ~。ッて思う。どこの神様でも魅力的なのだけど。すくなくとも、無神論者からは脱却した。つまらないから、人間の心理の奥深くになんにもないということを信じる神様をつくることもまたしんどいからね。幻影であれなんであれ、人間の免疫能力を高めるであろう、究極のプラス思考をすておく手はないものね。

だが、わたしはいつまで歌えるのだろう。ゴスペルを・・・・・

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2004年03月22日

でまえ音楽屋

昨日といっているうちに日付が変わった・・・こんなんばっかりや~
なので、一昨日20日の祝日に高槻生活支援センターというところで、演芸、落語、マジック、漫才にまじって、テジョンタイティエン+女子3楽坊(二胡4人組)というチーム、そして管理人+M’sWork管理人のギター・ボーカル・ピアノユニットも参加させてもらった。

高槻生活支援センターというのは、精神障害を持った人たちの入所していたり、通所していたりするところだ。心のちょっとしんどい人なんかが、来ていて、わいわいとやれせてもらった。

音楽を通じて、色んな人と出会えるのは楽しい。わたしたちの友人、交遊亭楽笑さんと一緒にいろんなところで、テジョンは出会いを経験した。

あるときは、ちんどんや今回は二胡弾き。
音楽は本来、路上などで踊ったり、歌ったり、そんなありようの似合うものでもある。もちろんコンサートホールの音楽も良いが、人にじかに触れることが出来、どんな人もそうストリートミュージシャンみたく、訴えかけられる。

我が、韓国の友人も募金活動をおこなっており、定期的に公園や路上で音楽を奏で集めている。

出前をご希望の方はご一報を!

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2004年02月22日

賛美の嵐・あらし・本物の嵐?

21日は無事にハーレムJPクアイアの5周年コンサートを終えました。そして、怒涛のテレンス牧師とともに弟子教会での賛美奉仕。午前中から昼をはさんで、午後5時30分まで、きのうとはまた違うけれど、恵まれた賛美でした。

コンサートは曲数も多く、曲も長い。リフレインもとっても多く、熱い!ゴスペルのパワーを出し尽くしたようなコンサートになりました。

あなたは愛されるために生れた。すべての人が・・・です。みんなすでに愛されています!わたしたちも愛され、ブッチ氏、テレンス牧師、山本真一郎氏という素晴らしい講師に恵まれました。

心にいいようのない、不安や心配事を抱えた友人、またこれなかった友人にむけて賛美しました。

やはり、ゴスペルは魂の叫びです。愛を求め、叫ぶ。神への愛を歌い上げます。その歌詞の内容はすべて神様へのラブソング。意味を深くかみしめないと歌えない。あるいは、わたしに歌っていいのか?といつも問いかけ、悩んで進んできました。

ですが、愛をもとめるものを神様は拒みません。ゴスペルを求めるものにも拒まないと思っています。

クリスチャンとノンクリスチャンの混ざるクアイアです。それぞれのやり方で歩んできて、いまワンボイスをさらに目指して行くでしょう。参加できたことに、感謝します。

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2004年02月19日

偉大なるブッチ氏

我がHJPクアイアの講師の一人である、ブッチヘイワード氏について、「アジアンリズム」のところにも書いたが・・・
ブッチさんは、実にチャ~ミングな人なのである。私たち、日本人に丁寧にブラックゴスペルを教えてくれる。日本のあちこちでワークショップを行い、知る人も中にはいるだろうけど。

1500曲は、作曲したであろうと言われる、ゴスペルミュージックにとっては、アメリカでも名のとおったプロフェッサー級のオルガニストである。いつも練習では、ハモンドオルガンがないので、ピアノを弾いて教えてくれるのだけど、その演奏スタイルはオルガンの時とまた違う。

オルガンでベースラインは足鍵盤で行うのだが、ピアノの場合、彼は本当に良く動く左手で縦横無尽にベースラインをたたき出す。しかも、ごきげんなりズムでね。

いつもオルガンとピアノでは演奏のスタイルが違うね?と聞いたら、だいぶ違うといってた。
でも、オルガンの方が好き。だそうだ。ピアノは鍵盤が固くて嫌い・・・らしい
おおきな体にごっつい指なのに・・・もう一人の黒人講師もやっぱり固いのは嫌いだって。力あるのにね~

アメリカのサイトには、ブルックリン・スタイルのオルガン奏者という記述があった。ゴスペルでは有名人らしく、日本でも藤田まことさんがこの間の練習に立ち寄ってくれていた。そう、ブッチさんのお友達なのだね。

そんな、ブッチさんの頭には本当にたくさんの曲が詰まっている。いつも譜面は持ってない。
でも、大概ゴスペル曲は知ってるし、どんな伴奏もその場で、やれてしまう。
ブッチさんのカバンにはとても沢山の紙束が入ってる。結構、いいかげんにネ。

そこに書いてあるのは、歌詞だけだ。常に、作曲し、インスパイアされてイエスさまと対話するように、ミューズが憑依したとき、一心に曲を書いているらしい。
祈り、曲を書き。すばらしい演奏をわたしたちに示してくれる。

この人にであったから、ゴスペルを・・というよりハーレムJPクアイアを離れられない。あまりにも魅力の音だから。あの、ドライブするベースラインを聞くと、本物の彼らのスピリットをじかに感じることができる幸せをかみ締める・・・・

アメリカのサイトを検索したら。あった、あった。オルガン指導VHSなぞが販売されている。偉大なる、わたしたちの愛するブッチさん!もちろんCDも沢山あるよ。

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2004年02月06日

東京・ヤンピョンドン

明日より東京へ。昨年11月に行った韓国ヤンピョンドン教会の人たちと合流する。
調布南教会にて、ラニーラッカーさんのクアイアやハーレムJP、ヤンピョンドン教会の人と一緒に賛美集会も持つ。

懐かしい再会。あっと言う間の月日であった。涙涙の韓国ツアーから。今度は日本でどんな感動と癒しを得ることができるのであろう。

少し、癒しの欲しい日々である。
祈り。
休息。
時間のお休みではなく、心のお休み。もしくは、ふとしたため息・・・・

歌うことで元気になって帰ってきます。
では、よい週末を!!

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2004年01月24日

ピアノで闘うあるいは、戯れる

毎日が日曜日と言いながら、このところ仕事が日曜日に入る。だいたい1月というのは、この仕事出足が遅い。新年なので、年初めから楽器のメンテナンスって気にならないということか・・・

土曜日ももちろん休みじゃないので、不定期休です。

今日は、お客さんとピティナのコンクールを受ける子供の話。をしていた。
PTINAとは全日本ピアノ指導者協会のことで詳しくは、http://www.piano.or.jpをのぞいてみてください。

コンクールを受けてピアノのプロフェッショナルを目指していく子供達は、たいしたものだと思う。確かに、ピアノに限らず、沢山の楽器の演奏コンクールはあり、多くの才能が育っていっている。そういう世界って別世界の感じもある。

特にクラッシックの世界では演奏の技能、技術、表現力と芸術性を鍛えたり、評価する場所が多いと思う。極めようと思えば、道もある。

でも、どうもわたしは、泥臭い人間なのか、ピアノと戯れるのは好きだが、鍛えて鋭い、黒光りする(あるいは、つや消しの迫力ある)スタインウエイと闘う、そういう世界はなじまない。
もちろん、自分の演奏能力などお話にならないが・・・ジャズでも山下洋輔はピアノと戦ってるように見えるけど、でもあれも最大のジャレアイって感じがするんだな。

最近では上原ひろみがやはり、ピティナに出てたようにライナーノーツに書いていたと思うが、彼女のすごさはなんといっても、超絶技巧とオリジナリティー。JAZZの生々しい、生き物ののような迫力が久しく感じられたから。耳にやさしい音楽も良いが、自分にせまる音楽も最高だね。

仕事の帰りにFMでアレサフランクリンの特集をやっていた。これには、ノックアウトされた。一緒にRESPECTのコーラスを車のなかで大声で歌い、あ~R&Bもまたやりたいなあ~と思ったのでした。でも、今は、二胡の伴奏とデュオの練習が待ってるんだ。

でも、音楽できて幸せ!!

投稿者 pianocraft : 21:44 | コメント (0) | トラックバック