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2008年03月13日

心を育てる学校~先生の号泣

今日は、子供の卒業式だった。おそらく、この先、卒業式に出ることがないような気がする。

高校生という時代を公立高校に反発し、もう一つの学校へと居場所を変更したわが子。
そこにくる親も子も、初めは重苦しい気持ちを引きずってやってくる。敗北のように、うまくいかなかったから生まれた選択肢。
初めから、積極的に選択した子供も中にはいるだろうけれど、多くはいろんな問題をかかえつつ、先に進むみちを求めてやってくる子供たちだ。

この学校は、自分がかかわりを持とうと思えば、しっかり手を差し伸べてくれる。それがしにくい状況の場合は、スキを見計らっては、子供を誘ってくれる。なので、学校生活では個々ばらばらに、子供どおしが繋がって、連帯して、一つの社会を作り上げているのではなく、個対個の付き合いになっていく。
それは、先生とも同じで、そのせいでたとえ一年だけ通った子でも、2年通った子でも、ひとりひとりのなかに刻まれたものが残る。先生たちはおそらく、成長する、変化する姿というのを目の当たりにすることになるのだろう。

心の根っこの部分をしっかり育てるように、そこを見つめていよう。結果として付いてくる進路の選択や、不選択、迷いの中へ生きていく道、そのどれも、過程であり、現在の結果でしかない。
大切なのは、心で感じ、考えて生きていくこと。それを、先生たちからも気づかされるときがある。時に親はあせったり、良くない状況は早く脱したいと、本人が苦しんでいることを忘れて、自分の解放を望んでしまっていたりしたこと。

数々、思い出したりしてみた。

旗もない、先生と生徒の卒業式。親は見守るだけだった。式の初めから号泣の先生。
こんなふうに、関わってくれる大人と出会えて幸せな子供たちだと思う。
ほとんどの先生が若く、子供と対等につきあってくれている。だからなのか、どの先生も、声を詰まらせてどこかに残った、子供たちの個性的なカケラを思い出してくれてたのだろう。

さて、愛されていることを改めて知った人間は、次は、誰かにバトンを渡して欲しい。

投稿者 pianocraft : 2008年03月13日 21:48

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コメント

とてもいい卒業式だったようですね。形式ではなくて,人間のつながりが見えるというのは,得がたいものだと思います。愛された人間は愛することが出来るというのは,ほんとうのことでしょう。たくさんのバトンが渡し続けられるといいですね。ご卒業おめでとうございます。

投稿者 KATEK : 2008年03月14日 23:28

KATEKさん。こんにちは。
東京でも、公立の学校の先生たちは過酷な状況におかれていますね。本当は、子供たちに関わりをもっともちたいのに、それを阻むような環境です。
そこには、「愛」が生まれることも遠慮される。

子ども自身はいろんな状況下で成長しますが、先生の心を奪わないで欲しいですね。

投稿者 pianocraft : 2008年03月15日 12:31

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